三章四節 - 上段の間
* * *
数刻後――。辰海や絡柳と今日の予定の最終確認を行って、与羽はやっと政治を行う部屋へ向かった。前には案内の女官だと言い張る竜月、半歩後ろを辰海と雷乱が並んで歩く。
今日の辰海は、いつもの桜襲の着流しではなく、淡い山吹の袴姿だ。見慣れないので違和感はあるが、うまく着こなしている。
与羽が通されたのは、上段の間。政務や謁見を行う正式な部屋だ。
他の場所よりも一段高く、下の間の与羽の正面―― 一の間には一番手前に上位六位の文官が両側に分かれて座り、一の間を取り囲むように開け放たれた二の間にその他の文官が控えている。
さらにその外側――縁側には警護の武官や使用人、官吏見習いである準吏たちがいた。ただ、与羽の護衛――雷乱だけは武器を持たないことを条件に、一の間の隅にあぐらをかいて座っている。
与羽を上段の間に座らせ、着物の裾を整えた辰海も一の間にいる父――卯龍の隣に座った。彼の前には、漆塗りの上等な机が置いてある。今日の朝議の議事録を取るのだ。
辰海が上段の間を離れると、そこにいるのは与羽だけだ。
急に心細さを感じた。
全ての人が自分を見ている。普段親しみなれた人さえでまじめな顔つきをし、いつもと違う雰囲気を醸していた。
与羽は自分を落ち着かせるために小さく深呼吸した。
それを合図とするように、一の間で最も上座――与羽の近くに座っている白髪の男性が与羽の目の前に移動した。年齢の差はあるが、その顔だちは辰海とよく似ている。ただ、彼の方が精悍で白髪と相まって老成した印象を与える。
文官第一位――古狐卯龍だ。
「まずは、姫――いえ、城主代理。おはようございます」
卯龍がそう頭を下げると集まっていた官吏が皆頭を下げた。
「お、おはようございます。顔をあげてください」
与羽はその一糸乱れぬ動きに度肝を抜かれた。これだけで中州の官吏の優秀さがわかった気がする。
「最初の議案は――」
卯龍が帳面をめくることもなく言う。全て頭に入っているのだろう。
「はい。わたしから――」
卯龍が全てを言い終わる前に絡柳が進み出た。有名文官家を中心に、卯龍の言葉をさえぎったことに対する陰口が出たが、絡柳は澄ました顔で素早く与羽に紙をさし出す。
「聞いてないぞ、絡柳」
卯龍がささやく。
しかしそれも気にせず、絡柳が出した紙に与羽はちらりと目を向けただけで、全文に目を通すこともなく署名した。
「おい!」
「ちょ、与羽ちゃん!?」
辺りがざわめく。
それはそうだろう。城主に報告されることは全て大臣たちで話し合われ、城主に書類化して渡す。そして、城主の署名をもらう前に再度、卯龍やその案件の責任者が大まかな内容を告げる。
しかし今回絡柳は、他の大臣に提示することなく与羽に奏上した。さらに与羽はその内容をあまり確認することなく署名したのだ。
集まっていた人々のささやきあう声が低く広がった。




