二章二節 - 冷王の協力
「何がおかしいの?」
八百屋まで来て、菜の花を弟に渡しながら大斗が言った。
「先輩、菜の花似合いませんね」
正直に与羽は言う。
「『つぼみだけで良い』って言った」
大斗が何か言い返そうと口を開きかけた時、奥で菜の花を十数本ずつ束にしはじめた千斗がつぶやくように声をかけた。菜の花は、まだ花が咲く前のつぼみを食べる。花が開いてしまうと、粉っぽくなっておいしくないのだ。
「俺が聞いたのは『つぼみ』の一言だったけど?」
兄に対しても千斗の無口は変わらないらしい。
「それに、花はこうやって使うんだよ」
大斗はざるから鮮やかな黄色に咲いた菜の花をとり、与羽の髪に挿してやった。不機嫌そうな顔をしつつも、与羽は抵抗しない。
仕方なく雷乱も、与羽の後ろから大斗を睨みつけるだけにとどめておいた。
「お前にだって想い人はるだろう?」
大斗の軽口に千斗は眉間にしわを寄せたが、何も言い返さない。
大斗は与羽に向き直った。
「それで? 与羽。何の用?」
しかし大斗も不真面目なだけではない。与羽が朝からここまで来たのには、ちゃんと理由があることを分かっている。
与羽は絡柳にも話した計画を詳らかに語った。
茶々を入れることなく大斗は話を聞く。その口元には淡く笑みを浮かべ、楽しそうだ。
「ふうん。いいんじゃない。俺も協力するよ。その二日間お前のそばで護衛をすればいいんだよね?」
「……誰もそんなことは言ってません。先輩はいつも通り家業をしていてくだされば結構です」
調子を崩さない大斗に、与羽はさらりとため息交じりにつっこんだ。
頬にかかる髪を払って、とびきりの悪戯娘の顔を見せる。
「くれぐれも本人には気づかれないようにお願いしますね」
そう言って、与羽はすばやく踵を返した。
「待ちなよ。少しくらいのんびりして行ったらどう?」と大斗の手が伸ばされる。それを見越してその場を早く離れようとした与羽だったが、大斗の動きは与羽以上に素早い。
与羽の手の甲を大斗の指先がかすめた。幼いころから竹刀を振ってきた彼の手は、皮が厚く硬くなり、目の細かいやすりのようだ。与羽はかすかな痛みに顔をしかめつつ、急に目の前に現れた壁のような背を見た。
大斗の素早さなら、彼の手は与羽の手首をつかめていたはずだった。しかし、実際は軽くかすめただけ。
今まで与羽の後ろに控えていた雷乱が、さっきの一瞬で与羽の前に立っていた。大斗の腕をつかみ、与羽に触れさせないように――。
「お前はいつでも忠実だね」
大斗は揶揄するように言って、無理やり雷乱の手を振りほどいた。雷乱も素直に大斗の手を放したが、まだ警戒して与羽を背後にかばう位置から動かない。
一方の大斗は、既に雷乱から距離をとり、掴まれていた二の腕をさすっている。
「何かあったら、いつでも言いな。協力するよ」
そう、雷乱の背後に隠されたままの与羽を見ずに告げる。
「はい、よろしくお願いします」
自分の大きな体でかたくなに女主人を隠そうとする雷乱を手で制し、与羽はにこやかにほほえんで、軽く頭を下げた。




