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ファンタジー系短編集

究極カレー魔法の作り方

「カレーを、作るか」


 自室の万年床に横たわっていた男は、手に持っていた漫画を布団の上に置き、ゆっくりと立ち上がる。

 中肉中背の、青年から中年に差し掛かった、何処にでも居そうな、ごくありふれた風貌の男。

 十畳程の広さの部屋に、キッチンが付随しいている1Rマンション。

 窓以外の壁には、華やかな表紙の本を収納した本棚が隙間なく並んでいた。


 時刻は昼頃。

 窓からは太陽の光が降り注いでいる。

 男は、流し台の収納スペースを開く。

 ここには調味料やカップ麺などの食料保管に使われていた。


 ──……ルーがない、だと?


 カレーを作ろうと思った時の、材料不足による絶望。

 無ければ買いに行けばいいだけの話ではあったが、カレーを作る気にはなっているが、買い物を行く気分にはなれない。

 買い物に行く気がなければ違う物にすればいいのだが、もう、頭はカレー色に染まっていた。


 カレー以外を食べる気にはなれない。

 だが、外に出る気にはなれない。


 絶望に打ち拉がれた男の視線の隅に、赤い缶が映った。カレー粉である。

 その横には、トマトソースの缶詰が横たわっていた。


 この二つの絵柄に、男の脳内でとある漫画が思い浮かぶ。

 振り返って本棚をひっくり返し、己の記憶と一致する漫画を探し求めた。


「これだ!」


 男が手にした漫画は、料理漫画ではなかったが、カレー粉で作るカレーの作り方が一話、収録されていた。


 鶏肉、トマト缶、カレー粉、クミン、ターメリック、マンゴーチャツネ、赤ワイン、玉葱、ニンニク、ショウガ、ヨーグルト、牛乳、チーズ、醤油、砂糖、塩……


 男が読み直した漫画では、大体こんな材料が使われているようだった。

 幸い、似た様な材料なら揃えられる。

 クミンやターメリックは持っていなかったが、恐らくカレー粉に入っている物だろう。

 その分、カレー粉を増やせばいい。

 マンゴーチャツネ、という物も、マンゴーをペーストにした物だと聞いた気がする。

 果物の代用として、バナナとミカンが有った。


 漫画に習い、鶏肉を一口大にして、カレー粉を塗した。

 カレー独特のスパイシーな香りが辺りに拡がっていく。

 男は、早くもカレーの成功を実感していた。


『玉葱、ニンニク、ショウガを微塵切りにする』


 玉葱の臭気が目に染みる。

 揮発した硫化アリルが粘膜を刺激しているのだ。

 この辛み成分が血液をサラサラにしてくれる。

 薀蓄(うんちく)を考え、苦痛を凌ぎながら、覚束無い手で、微塵切りというには些か大きすぎる形に刻んでいった。


『飴色玉葱を作る』


 漫画は白黒なので、具体的な色味が分からない。

 名前から鑑みるに、べっ甲飴ほどではないだろうか? それにしては、漫画の方は長時間炒めている様にも見受けられる。それに、べっ甲よりも遙かに黒っぽく描かれている。

 なるべくイラストに添う形で、玉葱を黒っぽくなるまで炒めてみた。

 IHコンロの火力は、常にMAX。

 黒くなるのに、さほど時間は掛からなかった。


「ってか、これ、焦げてるんじゃ……?」


 男の顔には少々不安の色が窺えるが、『カレーに必要なのは、甘味、苦味、酸味、辛味だ!』と主人公が叫んでいるので、良しとした。


 焦げた玉葱にニンニク、ショウガを入れ、炒める。

 ニンニクとショウガの良い香りが、男の鼻腔を擽る。

 そこに、カレー粉、牛乳、ヨーグルトを投入させる。


 この漫画には、分量は載っていない。

 あくまでも、漫画の描写から推測した、男の目分量である。

 カレーと言うには白っぽい何かが、沸々と煮立っている。


「あれ?ヨーグルトと牛乳、入れすぎたかな…?」


 空になった牛乳とヨーグルトのパックに眼を移す。

 牛乳は今朝コップ一杯飲む為に開けたばかり。

 ヨーグルトは今開けた、500cc加糖ヨーグルトであった。

 漫画の描写では、ペースト状、という単語が飛び交っていた。


「入れすぎたなら、他のも増やせばいいだけだ!」


 男は、缶に入ったカレー粉を全て鍋に(あお)り入れ、冷蔵庫からニンニクとショウガのチューブを取り出し、絞り入れた。

 ──……それにしても、色が薄すぎる。

 不安に駆られた男は、他の漫画を思い出す。


 食堂を経営する少年は、カレーにコーヒーを入れていた。


 妙案に瞳を輝かせた男は、インスタントコーヒーの粉を鍋に振り入れた。

 一瞬、コーヒーの粉が視界を遮る。


 ……ちょっと、入れすぎたか?


 しかし、鍋の中は、良い具合の焦げ茶色に染まっている。

 男は心の中でガッツポーズを構えた。


『別の鍋に油を敷き、カレーを塗した鶏肉を炒める。』


 男の部屋のキッチンには、IHコンロが一つしかない。

 その上、そんなに鍋を置いておくほど、男は料理に興味がなかった。

 男は仕方なく、鍋の中身を、家にある全ての器に何とか移し、改めて鶏肉を炒め始めた。


『そこに、ミキサーに掛けたホールトマト、赤ワイン、マンゴーチャツネを入れる』


 鍋の中に、トマト缶の代わりの、スパゲティ用トマトソース缶を流し入れる。

 ミキサーは持ち合わせていなかった為、バナナとミカンを男らしく手で潰し入れた。


 ふと、赤ワインを探す手が、空を切る。


「……そういえば、最近ワインは買ってないよな……」


 冷蔵庫を探すと、缶チューハイが何本か入っている。

 ワインのアルコール度数は大体、缶チューハイの倍程度である。

 男は、缶チューハイを2本、鍋の中に投入した。

 何ともいえない不思議な匂いが、男を混乱させた。


『鍋に先程作ったペースト、醤油、砂糖、チーズを加え、二時間ほど煮込む』


 書いてある通りに混ぜ合わせるが、何かがおかしい。


「……カレーって、こんなだったか?」


 目の前の物体は、明らかにカレーとは違う色、匂いを放っている。

 その現実に恐れを抱きながら、男はゆっくりと鍋の液体をお玉で掬い、口に運んでみる。


 激しい酸味と、多量の苦みと、強烈な甘味と、耐え難い辛味が、それぞれ主張しまくり、各々が口の中を猛攻撃し始めた。


「……うぶっっ!!!」


 慌てて水を飲み、口内の攻撃を散開させようとするが、敵の攻撃は静まる所をしらない。

 何か、味を統合させるナイスな食品はないものか、キッチンの扉至る所を開け放つ。

 ケチャップ、ソース、マヨネーズ、ジャム、塩辛、キムチ、ワサビ、マーガリン、酢、インスタントラーメン、各種缶詰……

 目に付いた食材全てを投げ入れた。


「ふはははは! 我は魔王だ! この異世界を征服しに……ぶべらふぉ?!!!」


 突如、魔王と名乗る黒いマントを構えた黒尽くめの男が、部屋の窓から乗り込んできたと同時に、鍋の中で発光と爆音が上がる。

 鍋の中──カレーの攻撃は、窓にいる魔王に向かって真っ直ぐに突き進み、その威力で魔王は断末魔を叫びながら、異世界の扉と思われる歪んだ空間と共に、遙か彼方に吹き飛ばされて消えていった。


 ──……実は、この男、数分前に異世界転生勇者として、神に選ばれていたのだ。

 その不思議な力に導かれ、カレーは究極魔法として魔王を撃破した。


 だが、そんな事は、男には関係ない。


 何故か、突然現れた変態コス野郎と共に、鍋の中身は消え去ってしまった。

 それだけが、男にとっての現実だった。


 虚しく鍋の中を見つめ、軽く息を吐きながら、布団に潜り込む。


「……やっぱ、料理上手な嫁さん、欲しいな……」


 翌日、男は、結婚相談所の扉を叩いた。


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