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3 王女の肖像

 フィリアリーゼ王女――現イグニス王国の騎士王フィラルラーズの双子の妹。可憐で清楚な、美貌の王女。月光を紡いだような白金の長い髪に星空を閉じ込めた瞳。たおやかでいて、芯の強い聡明な王女。内乱の折りに病を得て、それを隠して国の復興に身を捧げ、儚くも僅か18歳でこの世を去った、救国の乙女。彼女を讃える声は数多あれど、その絵姿は全くといっていいほど見かけなかった。それは何故か?


「それはフィラルの悲しみが余りにも深すぎたせいよ」


 そう言って、お母様は苦笑した。


「貴女のお父様はそれはそれは妹王女を溺愛していたの。きっと同母妹じゃなければ彼女に求婚していたと思うわ。彼女は幼い頃から病気がちでね、臥せっていることが多かったから、フィリアを護るのは俺だ、俺がフィリアの騎士なんだってずーっと口癖みたいに言ってたのよ」


 お父様とお母様は共に王族の出だけど幼馴染みの関係だと聞いている。敬虔なセディナ教徒であるところのイグニス国の王族としては神徒を統べる聖ラディウス・セディナ教国との繋がりは持っておきたいところで、教国としても武勇の誉れ高き騎士たちについて自分たちを護る剣としての価値を評価しており、互いの利害関係が一致していた。ちょうど同じ歳のお父様たちとお母様は大人の思惑から引き合わされ、初めは王女同士が仲良くなった。そして、王子も加わった。実際のところはフィリアリーゼ王女とルーシェリリア王女――お母様の仲がいいことに独占欲と嫉妬を炸裂させたフィラルラーズ王子ことお父様が割って入ったというのが真実みたいだ。


 そして、最愛の妹姫を亡くしてから、お父様はすっかり変わってしまったらしい。

 これまでは下々の言い方で言うところのやんちゃな、自信過剰で不遜なところもある少年だったが、半身の死を機に高潔で威厳のある青年王になった。家臣たちからすれば、好ましいことだったが、お母様にとってはそうは見えなかった。闊達で朗らかな彼は最愛の妹の死とともに逝ってしまい、残ったのは彼の抜け殻のようなものだという。私にとってのお父様は立派な騎士の一人であり、素敵な自慢の父親なのに。


 ともかく、首飾りの美少女は叔母様もとい、フィリアリーゼ王女だということは分かった。問題はどうしてその絵姿が描かれた首飾りをアレスが持っていたのかということ。しかし、この疑問にお母様は答えてはくれなかった。彼女は美しい曲線を描く眉を顰めて、少し怒ったように宙を睨んだ。


「気になるなら本人に直接聞いてごらんなさい」


 そう言って例の首飾りを私の手に戻した。


「フィリアリーゼはわたくしにとっても大切な人だったのよ。彼女が亡くなった時はさすがのわたくしも神の無慈悲を恨んだわ。そうね、きっと神も彼女を愛し過ぎて少しでも早く手元に置きたかったのかもしれないわね……」


 お母様は独り言ちると、わたくしの祈りを邪魔しないで頂戴、と私を礼拝堂から追い出した。振り返ると祭壇の女神像の前で跪いて祈りを捧げるお母様の後ろ姿が見える。その姿からは娘の私ですら拒む空気が確かに感じられて、私は仕方なく王宮に戻る回廊を進んだ。





 私は礼拝堂での一幕を思い返していた。


 378回目の告白失敗時。遡ること数分前。アレスは祭壇の前で、先程のお母様と同じように熱心に祈りを捧げていた。彼が礼拝堂で祈祷すること自体は珍しいことではない。彼は王都にいるのであれば、必ず日に一度はここに来て祈る。私はそれは敬虔なセディナ教徒だからだと思っていた。しかし、その目的が他にあったとしたら。


 ――例えば、亡き王女のために祈っていたとしたら。

 

 勝ち目なんてないじゃない。手の届かない人は思い出の中で美化され続けるだけじゃない!

 でも、待って。よく考えてみれば、フィリアリーゼ王女に私はそっくりなんだから、もしアレスが王女を想っていたのなら、まだ私にも勝機はあるのかもしれないわ!!!


 自分で言うのもあれだけど、私は凹むのも早いが復活も早い。そうでなければ378回も振られて変わらない日常を過ごせる訳がない。


 そうと決まったら善は急げ、よね。


 私は取り敢えず礼拝堂を先に出たアレスかお父様を探すことにした。アレスにはやっぱり首飾りを返さないといけないし、ちゃんと話もしたい。お父様にも、叔母様のことを聞いてみたい。思い返せば、お父様の口から叔母様の話題が出た記憶はない。単に私に話すことが取り立ててなかったからにしては、よく考えるほどに不自然だ。先ほどのお母様の話からすると、叔母様のことを溺愛していたようなのに瓜二つの私を前にしてここまで徹底しているのは却って不自然に思える。それはお父様の悲しみが、お母様が仰っていたようにそれほどまでに深すぎたからなのか。けれど、どうしてか私はお父様から叔母様の話を聞きたかった。何故かそうしなければいけない気がした。


 どこに向かえば二人に会えるか見当もつかなかったけれど、そういうときは私は直感に従うことにしている。そうして辿り着いた場所に目的の人は二人揃っていた。が、


「俺はあの日に言ったはずだ、絶対にお前のことを許さないと!!」


 そこで私が見たのは、かつてないほどに怒りを露にするお父様と、その傍らに跪く私の運命の騎士、アレスディールの姿だった。


7/21 誤字修正しました。

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