表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/61

1 騎士の秘密

「これで0勝375敗ってところかしら」

「しーっ、ティーナ様に聞かれでもしたらどうするのよ!また御不興を買って、仕事が増えるじゃないの」


 私の不幸をまた侍女たちが噂している。もう慣れただろうに、しっかり数えているところが恨めしい。しかし、間違っている。私がアレスに振られた回数は377回だ。もう、どうでもいいけど。

 顔を見る度告白している私のことだ。最早挨拶としか思われなくなっているだろうに、律義な騎士団長はいつも申し訳なさ気に腰を折る。


 初めは面白げに見ていたお母様も、最近では私を見る目が痛々しい。同情を通り越して今や憐憫の眼差しだ。正直、傷つく。お父様と言えば、いい加減に諦めたらどうだ、と投げやりである。もし、お父様が本気で私の恋を応援しようと職権濫用したらすぐにでも私の想いは叶うだろうが、それは私の本意ではない。王命であれば騎士団長であるアレスが拒めるはずもないが、そんなふうにして得られたものなど偽物だ。私は偽物が欲しいのではなく、彼の心が欲しいのだ。


 最近何故そこまでアレスに拘るのか自分でも疑問に思うことがある。確かに彼はお父様よりも少し年上で、私とは20歳以上歳が離れている。

 しかし彼は端正な美貌の持ち主であるし、鍛えられた逞しい体は格好いいと思うし、剣の腕も国で一番だろう。声も低くて渋いし、誠実で優しい。由緒ある騎士の家柄に育った彼は所作も洗練されているし、なにより夢の君だからだ。でもどうして毎日彼の夢を見るのだろう……? 夢の中の彼は今より若くて、いつも切ない目で私を見つめる。


「私の王女、早く私の手を取って下さい」


 彼は何時もそう言って囁くけど、私がどんなに頑張っても手を差し伸べても彼に届かない。

 どうして? 彼の胸の温かさも、腕の力強さも知っているのに手を取ることだけが出来ないのは何故なのか。

 分からないままに私は彼に想いを告げることを止められない。そうすることが夢の君、私の運命の人に近づける唯一の方法だと思うからだ。


 しかし、やはり分かっていても想いを拒まれると堪える。今日こそは、今回こそはと繰り返すこと377回。我ながらよくやると思う。断るアレスも大変だろう。愛娘に何たる仕打ち、とお父様に叱責されていないか気になって前にお父様に尋ねてみたことがある。お父様は苦笑して、人の色恋に親が割入るのは無粋だ、と言っていたから問題ないと思う。多分。


 それにしても彼ほどの人物が今まで全くの独身であるというの大きな謎である。誰に聞いても知らぬ存ぜぬで押し通され、事情を知ってそうな両親はさりげなく話題を逸らして逃げてしまう。何故か? 彼は男色なのか? と彼の部下に聞いてみたら一瞬の沈黙の後に大笑いされた。


「あの騎士団長閣下にそれは絶対にありえません。昔からよく女性にはモテていらっしゃいましたし、多分恋人もいらっしゃったんじゃないですか? 騎士団には確かにそういう趣味の者もいなくはないですし、そういう者からも閣下は好まれていらっしゃるみたいですが、閣下がそれに応えたなんてことがあったら、騎士団中に伝令が走りますから、それはないでしょうね」


 ひー、ひーとひきつけを起こさんばかりに大笑いした後、彼の部下であるところの騎士はそう説明した。

 結局のところ謎は一向に解決しないままであるが、分かったことは恋愛に興味が全くないわけではないし、男色でもないということだけだ。


 そんな状態で、私の変わりない日常がいつも通り流れていくかと思っていた。

 しかし、変化の時は迫っていた。

 

 378回目の告白失敗の現場は王宮内にある礼拝堂だった。

 この場所は敬虔なセディナ教徒であるところの我が民が祈りを捧げる場で、王宮内にあるこの場所は王族から下働きまで全てのものが利用可能である。私は一応神徒であるが、熱心ではないためあまり利用しない。しかし、アレスはその現実主義的な思考の持ち主に関わらず、とても敬虔な神徒である。彼は時間さえあればこの場所に来て、熱心に神に祈りを捧げている。騎士を辞めたら神殿に入るんじゃないかと噂もあったほどだ。最近私は彼に逢うためにこの場所に足を運ぶ。会える確率の高い場所に行くのは当然のことでことある。


 祈りの邪魔をするつもりはなかったので、彼が神の前に居る間は後ろの方で気配をなるべく消して彼の背中を見つめていたが、今日の祈りはやけに長かった。半刻は祈っていたかもしれない。だから、彼が祈りを終えて立ちあがった瞬間に声を掛けてしまった。

 アレスは私の声を聞いて、心底驚いたように目を瞠っていた。


「――……リア、……さ……」


 呻くように何か呟いていたが、声が掠れていた上に小さかったから殆ど聞き取れなかった。その後お決まりとなった私の告白に、毎度ながら端正な顔を辛そうに歪めて、アレスは私に心を受け入れられない旨を告げて静かに礼拝堂から退出していった。


 その後ろ姿を見送って、私は彼の様子がいつもと違うことに首を傾げた。


 そして、先ほど彼が祈りを捧げていた場所に何か落ちているのに気がついた。

 彼の落し物だろうか、ならば一刻も早く届けてあげなければ。


 私は祭壇の前まで駆けて行き、彼の落し物を手に取った。それは彼が持つには華奢な首飾りで、青空のような綺麗な宝石が散りばめられている。その中で中央の宝玉だけが大きく、気になって触れてみるとその宝玉の部分が取り外しできるようになっていた。

 いけないとは思った。人の大事にしているものに手を出すのは。

 でも気になって仕方なかった。

 そして予感があった。何かが変わる、そんな予感は確信に変わっていた。


 私は震える手で宝玉を取り外した。


「――――!!」


 そこにはとても美しい少女の肖像が描かれていた。

 古くなったせいか、色褪せていたが、その美しさは全く損なわれていない。


「どうして?」


 少女は優しい眼差しでこちらを見つめていた。

 私は信じられない思いでそれを見つめていた。


 鏡を見ているかのようだった。


 そこに描かれていたのは確かに私の姿だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ