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10 真夜中の邂逅

 夢から目覚めた時、私はひどく泣いていた自分に気付いて自己嫌悪した。

 こんなに泣いたのは生まれて初めてだった。

 いつも明るく、元気で、悩みもなさそう、というのが私の他者からの評価で、実際私自身もそんなものだと思っている。笑っていた方が楽しいし、周囲も明るくなる。過ぎたことを悔やんでもどうにもならないのなら、今後どうすればいいか考えればいい。悩んでいる暇があったらやれる事からやってみればいい。楽天的、根拠のない自信、後ろの存在しない前向きさ、羅列するとともすればただの馬鹿に見えるかもしれないけれど、私は私なりにその方がいいと思っている。


 そんな私だったけれど、さすがに今回の件は相当に傷が深かったらしい。ここまで落ちた自分を「私も失恋したら普通に泣くんだ」と冷静に見ている自分もいて、どうしようもない。


 それにしてもさっきの夢は何だったのか?

 私の運命の人であるところの夢の騎士はアレスではなかったのか?

 じゃあ、彼は一体誰なのか?

 まだ会ったことのない人。このままの運命では出会えない人。

 ならどうしたら出会えるのか?


 分からないことばかりで、私の頭の中は疑問符だらけだ。


 ――ぎゅるるる~


 どうやら泣き疲れて夕食も摂らずにいたためか、現金な胃袋が自己主張する。正直すぎる自分の体にげんなりと項垂れながら、仕方ないので侍女を呼ぼうと呼び鈴を探して、それを視界に捉えたところで気が変わった。この時間に呼びつけるのもアレだし、今の気分で煩い侍女たちと会いたくない。別に彼女たちが嫌いだったり、苦手だったりするわけではないけれど、あの人の恋路に興味津々な眼差しに晒されるのは今の私は遠慮したい気分だった。

 

 となると仕方ないので厨房に潜入するしかない。

 私はお菓子に目がないので、厨房の料理長とは子供の頃から仲がいい。昔からよくお茶会に出す新作の試食を買って出たものだ。窓の外に目をやると、月はまだ高い。夜型の料理長ならまだばっちり活動中だろう。


 そうと決まれば、私は部屋から侍女たちに気付かれないようにそろりと抜け出した。

 夜の回廊は静か過ぎて、ちょっと怖い。

 等間隔に置かれた蝋燭の灯りが風に揺れるのに倣って、居並ぶ騎士像の影も揺れるからその度に「見つかった!!」と焦ってヒヤヒヤする。この時間帯は定期的に巡回する騎士たちがいるはずで、彼らに見つかったら最後、部屋に強制送還されることは明らかだ。それは絶対に嫌だったし、今はこの胆試し的冒険を楽しもうとしている自分に気付いてしまって自分に呆れた。先刻までの乙女な感傷は何だったのか。


 よく磨き上げられた大理石の床は靴音が響きやすいから、細心の注意を払いながら目的地へと進む。普段歩き慣れているこの場所も、状況が変われば知らない場所のようで心許ない。早く早く、と急かす心の一方で、今の常でない状況を楽しもうとする心に、結局、私は何なんだと笑いたくなった。

 幸運にも騎士に発見されることなく――っていうか私に気付かないなんてどんな警備なの? 逆に問題じゃないの。今度お父様に報告しておかないと……というのは冗談にしておく。深夜の徘徊がバレたらあの人のことだから最悪軟禁されかねない。それは勘弁してほしい。


 私が脳内で一人突っ込みを繰り返しているあいだに、中庭に出た。

 ここは昼間にお父様とアレスディールがいた場所だ。月明かりに照らされた白薔薇が、ぼんやりと夜の闇に浮かび上がる様は何とも言えないくらい幻想的だ。昼とはまた違う美しさで、今までこの姿を知らなかったことが悔やまれるほどだった。


 それにしても今日の月は明るい。満月だったかしらと夜空を見上げた時、中庭に面したテラスに人影が見えた。

 誰なんだろうと気になって目を凝らしてみる。


「――――!!」


 私は思わず息を飲んだ。

 そこいたのは他でもないアレスディールだった。

 夜中にあんなところで何をしているのだろう。そう思って見ていると、アレスがテラスにの柵に身を乗り出している――テラスは5階ほどの高さがある。落ちたらいくら鍛えられた騎士でも無傷ではいられないだろう。私は思わす制止の声を上げてしまった。そしてばっちりアレスと目が合ってしまった。


「アリスティーナ王女!」

「いいこと! そこを動くんじゃないわよ!!」


 アレスの声を自分の声で被せて消して、私は全速力で彼の元に向かった。多分、これ以上ないくらいの早さで目的のテラスにたどり着いた時、私の息は完全に上がってしまっていた。膝を押さえてぜーぜーと息を整える私を見て、彼は厳しい顔をして駆け寄ってきた。


「王女、どうしてこんな時間に外にいらっしゃるのですか?! お付きの侍女は? 巡回の騎士はお止めしなかったのですか? それにそんな格好で!!」


 矢継ぎ早に畳み掛ける彼の顔にはいつになく焦燥の色が濃い。そして月明かりでもはっきりとわかるくらいに顔色が悪い――ああ、あれよね。昔を思い出していたのかもしれない。


「侍女には内緒で出てきたわ。誰かさんに玉砕して泣き疲れて眠ってしまったから、夕食食べそびれてしまったから、何か貰おうと思って厨房にお忍びの最中だったの。巡回の騎士には誰とも会わなかったわ。この姿は王女しては問題でしょうけど、着替えてる時間も惜しかったのよ」


 ちょっぴり皮肉を交えて一つ一つ返事を返すと、真面目なアレスは困ったような、怒っているような難しい顔で押し黙った。

 ああ、私のことが問題なんじゃなくて、さっきのアレスは何してたっていうの?


「それよりアレス、貴方さっき何しようとしてたの?」


 飛び降りようとしていたように見えた。けれど、何のために?

 まさか色々儚んで自殺――にしては低く過ぎる。私なら落ち方が悪かったら重症だろうけど、鍛えられた騎士である彼なら、せいぜい怪我程度だ。さっきは吃驚して声を上げてしまったが、冷静に考えてみれば違うことはわかる。


「わたしは……」


 アレスは手に持った何かを大事そうに包み込むような仕草を見せたあと、小さく笑った。


「精算しようと思ったのです。全てを」




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