prologue 運命の人
私の運命の人は漆黒の髪に、紅玉の瞳を持つ、誠実で勇敢な騎士の中の騎士。
すらりとした長身に、男女問わず魅了する端正な顔。
ひとたび剣を持てばその前に敵はなく、歯向かう者は次の瞬間に大地へとひれ伏すだろう。
いつも穏やかで真摯な眼差しを向けて、私をただ一人の姫としての忠誠と愛を捧げてくれる。
低く、甘い声はいつも私を酔わせてくれるし、逞しい腕はいつも私を支え、抱き締めてくれる。
そんな彼に対して私も心からの愛を捧げる。
私のすべては彼のもので、私のものですらない。
彼が私の運命の人であるように、彼にとっても私は運命の人。
そうでなければ彼が毎夜毎夜夢に立って私に愛を囁くはずがない。
そうであるはずだ。
そう話したら側付の侍女は困惑の表情を隠そうともせずに、
「大変申し上げにくいのですが、それは妄想というものでは?」
なんて失礼極まりないことを言うものだから、私は部屋から追い出してやった。
全く分かっていない。
仮にも一国の王女、しかも私は国王の唯一の子であり、次期王位継承第一位の貴き身分なのだ。その私に対して「妄想」なんで、何て不敬な。
苛々する気持ちがどうにも静まらないので、気分転換にテラスに出てみる。
テラスに続く硝子扉を開けると心地いい風が頬を優しく撫でる。
ああ、こんなことで心を乱してはいけない。私は仮にも王女なのだ。常に王女らしく気高く、慎ましくあるべきだ。そう、お母様も常々言っていたではないか。ふと硝子に映る自分の顔を見つめてみると、まあ、自分で言うのもなんだけど、こんな美少女滅多にいないと内心自画自賛してしまうのは仕方ないと思う。陽光のようなまばゆい蜂蜜色の金髪に、青空を映しこんだ大きな瞳には長い睫毛が縁どられており、ほんのり色づいた頬や、形の良い濡れたような紅い唇をはしたなくも強請る殿方は両手両足の指を足しても足りない。美男美女の両親から生まれたのだから、当然なのかもしれないが、王女という身分からするおべっかを差し引いても、何といってもそうに違いない。実際16歳である私の元には国内外からの求婚は後を絶たない状況で、お父様が片っ端からお断り申し上げている。それも私が見向きもしないからであるし、お父様が私を溺愛しているからだ。まあ、こんなに可愛い愛娘をすんなり嫁にだすことなど出来ようか、いや無理だ。
私としては夢に出てくる運命の人以外に嫁ぐつもりは全くないので、お父様にもそのように申し上げている。私はこの国を継ぐのだから、嫁ぐというより婿取りだから他の王女様やお姫様とは少し状況が違うのかもしれないけれど。お父様は私の話を聞いて少し困ったように笑っていたが、最後には了承してくれた。しかし、相手が納得して私の求婚を了解してくれたら、という条件付きだった。
私は将来女王になるべき貴き王女であり、容姿も完璧。性格は可愛らしくたおやか……ではないが、悪くはない、はず。今も求婚者が後を絶たない、超々優良物件であると自負している。
だけど運命の人はこんなに近くにいるのに、私を見てくれない。
視界に入れない、という意味ではない。私に対しては使えるべき王の娘として忠節を持って接してくれている。彼はお父様の側近であり、由緒正しい騎士の家に生まれ、かつての内乱では一番の武功をあげた誉れ高き騎士だ。お父様を助け、その妹君である当時の王女を燃え盛る王宮から救出した救国の騎士。今は騎士団を束ねる騎士団長――アレスディール・グランディス。お父様より少し年上だけど未だ独身だし、王族の伴侶となるには少し身分が低いけどこれまでの経歴を足したらお釣りがくるはずだし。けれど彼は王女であるはずの私を受け入れようとはしない。何度決死の思いで気持ちを伝えても、「お戯れを」の一言で躱されてしまう。挙句「殿下は夢の君に私が似ているから、その夢に囚われておいでなのです。殿下の騎士は他に必ずいらっしゃいますよ」と言い切られてしまった……。確かに夢の人は彼より若く見えるけど、その容姿も、色彩もなにもかも一致しているのに別人であろうはずがない。
何度告白しても玉砕し、初めは同情してくれていた侍女たちも最近ではまたいつものことか、と生温かい視線を寄越すだけとなり、私の告白劇は宮中の「通例行事」になり下がってしまっている。ここまでされて、乙女心がどれだけ傷ついたか。けれど私が未だに諦められないのは未だ毎夜のように見る彼の夢のせいでもあるし、彼が私を見る表情に他の人にはない、特別なものを感じる時があるからだ。
だから、私は諦めない。
妄想と言われようが、何と言われようが。
夢の彼が私を求めてくれていると確信している限りは、絶対に。
7/16 誤字修正しました。