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抗議のためのクリスマスツリー

作者: 浅川太郎
掲載日:2011/12/08

タイムリーであることを願いまして‥‥

デフレから、なかなか抜け出せなかった頃の日本での話です。


山峡の小さな村でした。


林業で生計をたてていた人々が多かったようです。


もっとも、車を二時間も走らせますと、地方都市がありましたから、その村をベッドタウンとしてた勤め人も多少は住んでおりました。


昔、林業が栄え、炭にも需要があった頃は村にも賑わいがあり、交番所もあれば、何でも診てくれる村のお医者さんもいたのですが、それから過疎化も進み、警察も病院の機能もありませんでした。もっとも、目立った犯罪もなく、病人がでれば車で搬送したので、乗り越えられない不便ではなかったようです。

子供も少人数ではありましたがおりましたし、その子達のためには学年が入れ交じった学校もあり、校庭には、小さな村には不似合いなほど巨大なヒマラヤ杉がありました。


さて、村には最低限の商店としては、米屋、肉屋、洋品店があり、これも最低限の日用品は、その三店で調達できるのでした。


デフレとは、現象面から言うと、総体的に回っていく通貨量が減っていくことに尽きたようです。


付随するかのように給料が減り、物価も安くなり、さらに給料が減るという悪循環が繰り返されたようです。


村民も一様に貧乏になっていき、食べるのがやっとという時期が続いたようです。


それでもさっき申しました三つのお店、米屋、肉屋、洋品店はそこそこの水準の生活をしてました。

そんなある時期、ちょっとした騒動が起きました。

はじめは肉屋の主人が遅く帰宅することがある、という村内での他愛もない噂でした。

狭い村というものはプライバシーなんてないも同然であり、二時間かけたところにホステスあがりの女を囲ってるといういささか古典的なものでした。


村民が普通に生活してる状態であれば、よくある「大人の事情」ということで知る人は知るという程度の噂話だったんでしょうけど、食うや食わずの生活を余儀なくされていた村民は怒りました。やれ、肉屋の肉は高かった、高い値段の肉を我々に食わせて怪しからん、不当な利益で女も囲う、人倫にももとる犬、畜生‥‥‥要するに、なかなか肉を買えない村民は肉をもっと安く売れ、と言いたかったようなんですが、それらに代わる、正義による鉄槌という形をとりたがったのでした。


村民の意向に沿って安く肉を売ることを決めた肉屋の主人は主人で内心、穏やかではありませんでした。米屋だって、店舗の増改築、配達用と偽って購入した外車を乗り回しているではないか、村の中で一番経費を水増してるのは米屋じゃないか、脱税王は米屋じゃねえかと当初は肉屋の主人が陰で言ってた悪口が、もとより薄々は気がついてたこともあったのでしょうが、

続いては村民こぞって値下げ、値下げの大合唱。

とうとう根負け、米屋も、すかすかの利益だけを残しながらの商売しかできなくなりました。またまた洋品店も、例外ではなかったようです。洋品店も、そのご主人も当然ながら清廉潔白などということはありませんでしたから、似たような過程でギリギリの値下げを余儀なくされました。


一方では勤め人も、月々の給料が減らされる、ついでボーナスが減額される、というサイクルが毎年々々続き、挙げ句にはサービス残業も常態化してしまってたようです。


そのようなデフレ現象の極みであったのでしょうか、日本各地であれほど普通に見られたメタボを疑われる、肥満体の人々を、ほとんど見かけることがなくなりました。

国民の全員が、多少の例外はあったのでしょうが、スリムになっていきました。


時代の先駆けでもあったのでしょうか、(くだん)の村では、最初は肺病で老人達が亡くなっていき、次に小学校にあがるか、あがらない子供達も次々に栄養不足で亡くなっていきました。

肉屋の息子さんも例外ではありませんでした。

なにしろ利益がないのですから、商品の仕入れもできず、最後は開店休業状態だったと言います。


村民は大体は大人しい、むしろ素朴な人々が多かったものですから、中央に、政治に、政策に、

異を唱える、なんてことは決してしませんでせた。

村の惨状に気付き、大阪の人がやってくれるに違いない、東京の人が我々を見捨てる訳がない、と考えていたようです。


でも実際には、東京も大阪も五十歩百歩の悲劇が進行していたのです。



師走中旬のある朝、急な寒波の襲来で底冷えしてたのですが、村の学校の校庭、巨大なヒマラヤ杉に、餓死した子供が吊るされ、中には自殺を選んだのであろう大人の首吊りの死体が散見されました。


さすがに、この悲劇の「写真」


は新聞、テレビで報道されましたが、どじで間抜けなドジョウさんは、

「然るべき時に、然るべき対策をとるということです」と、肥満体を揺すりながら繰り返していました。


このような、惨状の極みのようなクリスマスツリー‥‥‥あなたには、見えますか?


タイムリーを願うあまり、はしょり過ぎたかもしれません。

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