夏の夜
懐中電灯の灯が、足元のあぜ道をやけに寂しげに照らしている。水を張った田んぼは深紫の夜空を鏡のように映して、まるでどこまでも続く底なし沼みたい。均等に並んだ苗がそれだけやけに機械的で、人工的で。今こうして当たり前のように隣にいる彼が来年の今頃は東京で働いているのだと思うと、近づこうにも近づけない所がなんとなく私達二人と重なる。
「手紙、書くから」
「いいよ、そんなの」
本当は欲しいけど。でも私ってそういうキャラじゃないから。何かが不意に喉の奥から這い上がってきて、慌てて大唾を飲み込む。暗闇の中、月光で微かに見える彼はぼんやりと月を見ながら仏頂面をやめようとしない。この手に持った懐中電灯で私の顔を照らしてみようか。それなら彼も私のことを月だと思ってくれるかも。
「だって私達、恋人じゃなくて“友達”じゃない」
友達の部分を強調してしまい、こっそり内頬を噛む。途端にぬるい風が吹き、虫の声があぜ道から浮かんでくるように聞こえだした。
「でも、くれるんならありがたく貰ってあげるけど?」
やっぱり彼の方に懐中電灯を向けよう。私の顔を照らしちゃったら、鼻の頭が真っ赤になったのバレちゃうだろうから。