第3話 こんな序章なわけですが
突然ですが。
私こと、大崎 梨乃は、只今異世界生活二年目の、元高校生です。
――なんて。
こんな事を言うと、大抵の人は私を「頭の残念な子なんだな」って思うだろう。
でも、事実は事実。
私は本当に、魔法やドラゴンの存在する世界をこの目で見ている。本や映画でしか見る事のないファンタジーってやつを、生身で絶賛体験中なのだ。
始まりは、二年前。
花も恥らう16歳、高校一年生の夏休み初日。
何の脈絡もなく異世界に召喚された私は、『世界を救う救世主』という超王道な展開に巻き込まれ、言われるがまま旅をした。
色々な出来事があって沢山の人達と出合って(この辺は話すと長くなるから端折るけれど)、それなりに自分も成長したと思うんだ、うん。
そして悪の魔王という(これまた超王道な)敵を倒して、世界は救われた。
そこで『めでたし、めでたし』となれば、どれだけ良かった事だろう。
でも私はまたまた『異世界に召喚された女子高校生』のお約束をかましてしまった。
異世界の王子様に恋をしたのだ。
元の世界と異世界との間で揺れ動く心。
私は一大決心をして、それこそ身を引き裂かれる決心をして、彼に想いを伝えた。世界の間で迷っている心と共に。
そしてその時、王子様の言った一言がこう。
「僕には決められた婚約者がいる。いずれは彼女を妻として迎えなければならない。でも、側室としてなら……」
側室。早い話が、愛人って訳だ。
私の住む異世界の国 『ファルス』は、正妃の他に側室を持つ事を許されている。しかも、人数に限りは無い。惚れた女の数だけ、後宮の部屋は埋まっていく。なんというリアル大奥。
ああ、素晴らしき一夫多妻制、博愛精神。
正常な思考回路を持っていれば、その時点で断る事もできた筈なんだけれど、轟々と燃え上がる恋の炎に浮かされて、おまけに「本当に愛しているのは君だけなんだ」――なんて美貌の王子様に言われれば、もう脳内はお花畑。
ろくに深く考える事もせず、生まれ育った世界と家族を捨てて(泣く泣くではあるけれど)、私は王子様の手を取ったのだった。
思い返すと、あの時ほど無駄な時間を過ごした事はない。
後宮での生活は、退屈なものだった。それでもって、嫉妬と駆け引きで満ち溢れていた。
暫くのうちは、王子様の『君だけだ宣言』によって幸せな毎日を過ごしていた私だったが、その内にだんだんと思い始めてくる。
あれ、おかしいぞ――と。
私が後宮入りした時には三人しかいなかった側室も、日が経つにつれて一人、また一人と増えて行き。
しかも、その誰もが『王子様が愛しているのは私だけなのよ』と主張しはじめた。
そう、あの歩く種馬――もとい、王子様は、後宮の女全てに歯の浮くような台詞を言っていたらしい。
豪華な餌で気持ちを釣り上げ、釣った後は餌を与えない。典型的な遊び人だったという訳だ。
見事に釣り上げられた女――つまり私は、それから王子様を遠ざけるようになり、やがて心の中からもその存在を抹消した。
唯一の救いは、そんな王子様と『清く正しいお付き合い』をしていた事だろう。
奴の為に家族を捨て、友達を捨てた。おまけに女の操まで捨てていたら、恐らく私は舌を噛み切って死んでいたかもしれない。
結局は私の自業自得ってやつなんだけれど。
そして今現在。
私は『彼』、――元宮廷魔術師の、ラグナ・ラグリーズの許で生活している。
元々、旅の仲間であった彼と私が、何故閨を共にする関係にまで至ったのか――。
それについては、朝食の後にでもゆっくり語ることにする。
「何を一人で考え込んでいるんです?」
「いや、今までの一大叙事詩的なものを……」
「百面相になっていましたよ。まったく、見ていて飽きませんね、貴女は」
……まぁ、とりあえず。
今の私は幸せである、という事は、先に公言しておこう。