第2話 朝の睦言
耳を劈くような悲鳴を間近で聞いたはずなのに、彼はケロっとした表情で一瞬私を見つめると、脳髄まで蕩けそうなほどの極上スマイルを浮かべた。
「おはようございます、梨乃。いい朝ですね」
「あ、おはよう――って、違う!!」
つい彼に釣られて、私も挨拶を交わしてしまう。
いけない、いけない。こうやっていつもそのペースに引きずり込まれるんだから。
私は気を取り直し、彼に向けて剣呑な視線を送る。
「この手を早くどかして。ちょ、ちょっと、変なところ触らないでよ……!!」
「何故?もう少しこのままでいいじゃないですか」
ギュ、と引き寄せられて、隙間が無いほど密着する。
耳元に甘く息を吹きかけられれば、否応なしに身体と心が反応した。
「あ、ダメ……」
――って、これも違う!!
イヤイヤと首を振って、彼の胸を遠ざけようと押し返す。
「タイムを要求します。話し合いをしよう」
「何の話し合いです?明るい家族計画でも立てますか?」
「違うっ!!」
あまりにもジタバタと動くものだから、彼も観念して私を解放した。
その拍子に、反動に逆らえない私の身体はゴロゴロと転がり、ベッドから落ちてしまう。
「あいたたた……」
思い切り腰を床に打ち付けてしまった。
清々しい朝だというのに、なんだってこんな痛みを味わわなければならないのか。
情けない声を上げて蹲る。そこへいつの間にか近付いてきた彼の腕が伸びて、ひょい、と持ち上げられた。私はあっという間に彼の膝の上。ベッドに腰掛けた彼は、後ろから私の身体を抱きすくめ、首筋に唇を寄せた。
「朝から元気ですね、貴女は。昨夜あんなに鳴かせたのに、もう回復しているなんて……」
「な、鳴かせたとか言わないでよ!! ていうか、首のところで喋るなっ!!」
「じゃあ、耳で」
耳朶を甘噛みされて、嬲られる。
ぞわ、と肌が粟立って、身体の芯がくた、と溶けた。
「ちょ、待って……耳、は、ダメ……」
「首も駄目、耳も駄目……なら他のところを触るしかありませんね」
「そうじゃ、な……あっ」
大きな手が、腰の上を滑る。
鈍かった痛みが消えて、もっと別の、ぞくりとする感覚が私を襲う。
抗議の声を上げようと口を開くと、顎を摑まれ、彼の唇で言葉を塞がれる。
始めは優しく啄ばむように。それから下の唇をやんわりと噛まれ、歯列を舌でなぞられる。
――あ、ダメ。気持ち良いかも。
舌が絡み合う。息も出来ないくらい。
頭がぼうっとして、何も考えられない。
見えるのは、熱に浮かされたような、彼の蒼い瞳だけ。
「そんな顔をされたら、止まらなくなりますよ?」
いいんですか?
彼が訊ねる声に、私は何も答えることができなかった。
思わず、本当に思わず絆され、頷こうとして――。
「……なんて、朝からそんな元気あるわけ無いでしょう。体力だけが取柄の貴女とは、違いますからね」
そう言って笑う彼に、私は不覚にも間抜けな面を晒す事となった。