第22話 気持ち、見つめて。
若干R15注意。
ワラワヘムの最年少魔術師。それが、ベルベロッサ・クォーサーの肩書きだ。
幼い頃に魔術の才能を見出されたベルは、魔法大国としてファルスと肩を並べる『バルン国』の魔術師の下で修練を積み、若干十四歳にしてワラワヘムに認められこの地へ来た。
ラグの実家――つまりラグリーズ家は、一族との交流が深いらしく、ベルとも何度か顔を合わせていたらしい。彼女はラグによく懐いていたという。それは徐々に憧れへと変わり、やがて恋慕にも似た感情となったのだろう。
「今のうちだけですよ。あの年頃の少女は、年上の男性に憧れを抱くものでしょう?」
そう言いながら、ラグは手元にある野菜の皮を器用に剥いてゆく。流れるような動作に目を奪われながら、私はぼんやりと答えた。
「まあね。それは分かるけど……」
ベルは今、マリベルさんに連れられて市場へと出向いている。騒動のお詫びをする為らしい。
彼女への歓迎の意も込めて、今日は我が家で夕食をとってもらう事にした。勿論、マリベルさんも一緒だ。アルバートさんは少し仕事で遅くなるらしく、まだ帰ってきていない。
現在、私達は二人並んで夕食の準備中である。
「ずっと憧れていたお兄ちゃんにいきなり婚約者ができた、なんて、やっぱり簡単には認められないのかな?」
私には兄がいるが、たとえ彼女が何人代わろうとも気にした事なんてなかった。もとより、兄に憧れを抱いたことも無い。家族としては大切に思っていたが、兄が結婚するとなれば喜んで祝福するだろう。
ベルは、憧れ以上の感情をラグに対して抱いている。言い切っても構わない。女の勘ってやつが、鋭く働くのだ。ラグは気付いているのだろうか? その気持ちを知りながらはぐらかしているのか、それとも、本当に気付いていないだけか……。
横目でラグの顔を窺うが、飄々とした様子は一切の情報を私に与えない。相変わらず、気持ちの探り合いに関してラグは上手だ。私の心はすぐに読み取るくせに。
少し悔しくなって、ふいと顔を逸らす。遅れて、ラグの微かな笑い声が聞こえた。
「どうしました、変な顔して。手が止まっていますよ」
「……意外と優しい『兄様』してたんだなー、と思って」
「おや、ヤキモチですか?」
「ち、違っ……!!」
そりゃあ、多少のモヤモヤはあるけれど、子供相手にヤキモチを焼くなんて……。いや、正直に言うと、少し――本当に少しあるけど。ラグがベルに見せる優しさが、『優しい従兄』としてのものだとしても、やっぱり面白いものではない。
私って、独占欲が強かったんだな。思い知らされて、情けなくなる。子供なのは私も同じか……。
相応しくない――。ベルの言葉が脳裏に浮かんで、チクリと胸が痛んだ。
彼女がどんな意味を込めてその台詞を言ったのかは分からない。でも、確かに今の私はそう言われても仕方が無いのかもしれない。つまらない事で嫉妬して、大人になりきれない。ラグへの気持ちが大きすぎて、周囲に対して余裕を持てなくなる。
……こんなんじゃ駄目だよね。
彼の婚約者だと、胸を張って言えるような女性になりたい。ラグの為にも、自分の為にも。
ひっそりとため息をつく私に、ラグの優しい笑みが向けられる。どこまでも澄んだ、青い海のような瞳。ドロドロとした気持ちを見透かされたくなくて、つい俯いてしまう。
「もしかして、ベルベロッサに何か言われました?」
「え? そんなこと、ない――」
慌てて顔を上げると同時に、ラグの唇で言葉を塞がれる。
手に持っていたペリネの袋が落ちて、中身が散らばる音がした。
ああ、拾わなくちゃ……。なんて思いつつも、私の指は彼に絡め取られ、されるがままキスを受け入れている。舌で歯列をなぞられ、脳天が甘い痺れに侵される。呼吸ごと全て奪われているのに、彼を離せない。
「んぅ……ラグ、駄目。みんな、帰ってくるよ……」
大きな手が、背中を滑り腰を撫でる。それだけなのに、思わず身体が反応してしまう。首筋に唇を寄せられ、強く吸われた。ダメ、痕が残ってしまう。言いたいのに、私の喉は震えるばかり。
そのうちに、ラグの手は僅かに膨らんだ双丘へとさしかかり、
「……これ以上は、歯止めがきかなくなりますね」
そう言うと、頬に軽いキスを降らせて、身を引いた。
半端に身体を火照らせた私は、ずるずるとその場に座り込み、力無く彼を睨む。
……ラグの馬鹿。腰が砕けちゃったよ。
「早く料理を作りましょう。さあ梨乃、いつまでも休んでないで」
「一体誰のせいだと……!!」
未だ立てぬままの私に視線を合わせるように、ラグが膝をつく。それから蕩けそうな笑顔を見せると、そっと手を差し出して言った。
「今の私はこんなにも幸せだってことを、ベルベロッサに伝えましょう」
「ラグ……」
「私の幸せは、貴女が側にいることなのですから。あの子もきっと分かってくれます」
「うん」
彼の手を取って、私は頷く。
そうだ、こんなことで道を見失っていたらいけない。私達は共にあるからこそ幸せなんだ。
お互いを信じていれば、どんな障害だって乗り越えられる。握った手の温もりを感じながら、私はラグへの想いを再確認するのであった。