番外編 お正月特別編【異世界珍百景・パート2】
異文化交流その2。
「もぉーいーくつねーると~、おしょおーがつぅ~、ヘイ!!」
「……何ですか、その奇妙な歌は」
麗らかな日差しが差し込むリビングで、気持ちよく歌いながら掃除をしていると、いつの間にか現れたラグが怪訝な瞳で私を見つめていた。
自室(彼には魔術研究用の小部屋があるのだ)に閉じこもっていたから、つい油断していた。ち、ちくしょう!!私の音痴な歌声を聞かれるとは……!!
箒を手に持ってエアギターを奏でていた(これも掃除の一環だ!!)私の横を無言で通り過ぎて、ラグはため息をつきながらソファに座った。それからこちらを見て、やれやれ、と言った雰囲気を隠そうともせずに首を振る。
そ、そんな目で人を見るなー!!
言いたいことは分かるから、今は何も言ってくれるな。
自分だってちゃんと理解している。某未来の猫型ロボットアニメに出てくるガキ大将なみのボエ~な歌声だって事は!!
「気持ち良さそうで何よりです。バランモスに似た素晴らしい歌声ですよ」
「う、うるさいっ!!」
ほーら、やっぱり言われた。
『バランモス』とは、この世界に住む魔獣である。強靭な体を持つ四本足の獣で、信じられないほど強暴だ。以前、旅の途中に運悪く遭遇した事があるが、ラグの素早い判断により逃げることが出来た。あの生き物は、かなり衝撃的だった。
ちなみに、鳴き声は牛の雄叫びを何百倍にも激しくした感じ。
『ブモオォォォ!!』みたいな……ってオイ!! 『ボエ~』よりも酷いじゃないか!! 確かに私は音痴だけど、そこまで酷くないぞ!?
ムッとして唇を尖らせると、ラグは耐え切れずに小さく笑っている。
くそう……。悔しいのに、その笑顔が眩しすぎて絆されちゃうんだぜ……!!
掃除を一時中断して、ラグに紅茶を煎れる。それを手渡しながら隣に座ると、ラグが首を傾げて訊ねてきた。
「今のは、貴女の世界の歌ですよね?」
「そうだよ。お正月の歌」
「オショウガツ?」
「新年を迎えて、一番初めの日のこと」
こちらの世界は私のいた世界に比べて一年が短いらしい。
暦の話を聞いたことはあるが、生憎私の頭では覚え切れなかった。だから、自分でカレンダーを作ってそれを見て生活している。
カレンダーもどきによると、現在は12月29日。この世界では関係ないけれど、もう幾日でお正月だ。
折角だから大掃除をしようと意気込んで、いつの間にか一人エアギター大会を開催してしまった。うん、どうしようもないな、私は。
「一年の始まり、ということですか」
「そうそう。懐かしいなぁ、初詣にもよく行ったっけ……」
「ハツモウデとは?」
「これからもヨロシク、って神様にお願いするの」
「神頼みの日なんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
うーん、何と説明するべきか。
そもそも、この世界には新年を大々的に祝う習慣はない。王国設立何周年だとか、誕生日の概念はあるらしいのだが、新年がどの月の何日になるのか分からないのだそうだ。結構アバウトな世界だ。
しかし、ラグは私の説明など聞かなくとも、勝手に解釈して理解したようだ。興味深い、と呟くと、他にも何をするのかと訊ねてきた。
「他に? うーん……家族が集まってご馳走を食べたり、お餅を食べたり、ミカン食べたり……」
「食べる事ばかりですね」
「あとはねぇ、そうそう、お年玉を貰うの!!」
「オトシダマ? 落とした玉を貰うんですか?」
「違うよ。お年玉っていうのは、子供が大人からお金を貰うことだよ」
ラグは暫く黙ったまま私を見つめていたが、やがて小さく頷くと、
「神に身の安全をお願いして、食べ物をたらふく食べて、子供がお金をせびる日――ということですか」
「……間違ってはいないね」
「成程。よく分からない祝日だということは、理解できました」
「……うん。私も、よく分からなくなってきたよ……」
こうして、私達の異文化交流は進んでゆく。
もう幾つ寝るとお正月。
そして来年もまた、同じような会話を繰り返すのだろう。
次のイベントは節分か?