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第15話 突撃、実家の晩ごはん


「あらあら、それじゃあこの人ったら、勝手に魔術で鍵を開けて入ってしまったの?」


 まったくいけない人ね。そう言って笑う目の前の女性は、しかしまったく『いけない』とは思ってもいない口振りで、アルバートさんを叱った。

 

「はっはっはっ。いやぁ、ラグナが血相変えて飛び出して行くものだからね、つい心配になったんだよ」


 色素の薄い茶色の髪を撫で付けながら、アルバートさんが笑う。

 あの……こちらとしては笑い事で済まされないほど恥ずかしい事なんですけど。


 アルバートさんから食事に誘われた私達は、現在揃ってラグの実家にお邪魔している。中世の雰囲気を漂わせる無駄に広い部屋で、(これまた無駄に大きな)テーブル席に着き、すらりと並んだ食事を眺めている。

 美味しそうな料理を前にした私の心はとても浮き足立っているのだが、隣に座るラグの表情は不機嫌極まりない。整った眉を顰めて、テーブルの向こうでイチャイチャしている夫婦に、呆れた視線を送っていた。


「まあ、ラグナ。そんなお顔をしていると、男前が台無しですよ」


 そう言ってラグをたしなめるのは、アルバートさんの隣で優しく微笑むふくよかな女性、――ラグの養母であるマリベルさんだ。

 

「ああ、すいません。お二人があまりにも見せ付けてくれるので、ちょっと頭痛を感じていました」

「あらあら、まあまあ。照れるじゃないの、ラグナ」

「そうだぞ、親をからかってはいけないぞ、ラグナ」

「はあ……まったく、本当に羨ましいご夫婦ですよ」

 

 羨ましい、と言いながらも、ラグの表情は変わらない。それどころか、無理に笑顔を作っている為、さっきよりももっと引き攣って見えた。

 

 まあ、無理も無いか。あんな場面を見られたんだし――。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ――遡る事、数時間前。


「ラグナっ、梨乃ちゃんは無事かぁ~!?」

 

 そんな叫び声と共にやって来たのは、ラグの養父であるアルバートさんだった。

 薄茶色の髪の毛を乱し、ゼエゼエと息を切らして扉を開けたその姿を、私とラグは唖然と見つめた。

 部屋中に流れたのは、何とも言えぬ微妙な空気。

 その時の私は、きっとアホみたいに口をあけて、タコみたいに顔を真っ赤にしていたことだろう。だって、見られてしまったんだから。

 私とラグが、その……濃厚なキスを交わしている場面を。


 彼の父親(兼師匠)にあんなイチャイチャシーンを見られるなんて、一体どんな羞恥プレイだ。

 あの時の気まずさといったら、とんでもないものだった。しかも、ラグは本来ならば仕事をしている時間帯。のっぴきならない事情があったとはいえ、ちょっと申し訳なく思う。

 アルバートさんは、若いっていいねぇ、なんて笑っていたけど……。


 思い出して、また羞恥心がむくむくと湧き上がる。誰か、誰か今すぐに穴を掘ってくれ!!そしてそのまま私を放り込んで、埋め立てて欲しい!!

 

 ぐあー、と一人妙な声を上げて身悶える私の姿に、アルバートさんが首を傾げる。


「梨乃ちゃん、どうしたんだい? はっ、まさか具合が悪いんじゃ……!!」

「えっ!? ち、違います!! その、美味しそうなお料理ばっかりでたまらんなぁ、と」


 おい……『たまらん』ってなんだ、私。オッサンすぎるだろう。

 動揺しすぎておかしな言葉遣いを駆使する私に、それでも呆れることなくアルバートさんは笑って食事を勧めてくれた。


「遠慮しないで食べてくれ。こんな賑やかな食事は久しぶりだからね。なぁ、マリベル」

「そうですわね。でも、わたくしはアルと二人きりっていうのも、嫌いじゃありませんよ」

「ああっ、マリベル!! 僕も同じ気持ちだよ~!!」


 この夫婦、いつもこんなテンションで暮らしているんだろうか?

 こんなにラブラブなら、私とラグのキスシーンなんてすぐに忘れてくれそうかな。


 過ぎた事をいつまでも気にしていたらいけない。私は気を取り直して、目の前の食事に手を付けた。

 色とりどりの野菜を盛ったサラダに、クリームスープ、スパイスの効いた分厚いお肉と、魚介の蒸し物。大皿に載った料理はこれでもかというほど量が多い。食べきれないほどの料理を出すのは、客人に対して歓迎の意を表しているらしい。以前、ラグから聞いたことがある。

 

 この異世界でテーブルマナーを気にするのは、王族か貴族だけだ。一皿一皿、ちまちまと出てくる料理など、上品を気取る権力者しか食べない。

 短い間とはいえ後宮に入っていた私は、テーブルマナーを一通り覚えている。あの頃の食事は味気なかった。最高級の食材を使った、最高級の料理のはずなのに。

 

 一人で食べる食事より、こうして皆でテーブルを囲みながら食べる食事のほうが、何倍も美味しい。比べ物にならないくらい。

 温かな気持ちで満たされていくのを感じながら、私は黙々と料理を食べた。

 隣から小さな笑い声が聞こえる。振り向いてみると、ラグの青い瞳と鉢合った。


「どうしたの?」

「幸せそうだな、と思いまして」

「うん。すっごく幸せ。美味しいごはんもいっぱいあるし」


 笑顔で彼に答えてから、ふと気付く。食い意地がはってると思われたかな……。少しだけ心配になるけど、ラグは相変わらず穏やかな眼差しで私を見つめていた。

 

「貴女が幸せだと、私も嬉しいですよ」

「うっ……」


 そんな甘い笑顔で、歯の浮くような台詞を言わないでよ……!!

 噛みかけの肉の塊を誤って飲んでしまった私は、慌てて水を飲み込む。


「まあ、あなた!!ラグナがあんなに優しい言葉を言うなんて……!!」

「うんうん。早く孫の顔が見たいねぇ!!」

「ぶっ……!!」


 そして聞こえてきたアルバートさん達の会話に、危うく水を噴出しかけるのであった。



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