第14話 すったもんだのその後に
R15注意。
魔術というのは、色々と面倒な制約があるとはいえ、基本的には便利なものだと思う。
例えば、何か壊れたものを直す時。これは無機物に限り、条件が揃っていれば、ほとんど元通りに戻すことができるらしい。その条件とは、術者が元通りの形を知っていること、そして修理対象の破片が全て揃っていること。この二つだ。
幸いな事に、私達の家のリビングはラグの魔術によって直すことが出来た。うん、やっぱり魔術って便利だよ。私には使えないから、余計にそう思うんだろうけど。
「すごいねぇ、あっという間に直しちゃった」
「この程度なら簡単ですよ……ベルゼブが破片を持っていかなくて良かったです」
「ホントだね」
片付けも一段落して、リビングのソファに座るラグへ紅茶を運ぶ。そのまま隣に腰を下ろすと、私は彼に尋ねた。
「そういえば、仕事に戻らなくていいの?」
「大丈夫でしょう。師匠にだけは伝えてありますし」
「そっか……」
外はまだ明るく、日没までは時間もありそうだ。
せっかくだから、このままラグと買い物に行こうかな。一人より二人の方が、何かと楽しいし。
そう提案しようと口を開きかけ――、止めた。
ラグが、甘えるように私の肩にもたれかかってきたから。
右肩に、彼の頭が乗っている。絹のような銀糸の髪が、サラサラと流れた。やっぱり綺麗、つい見惚れてしまう。
ラグの海を湛えた瞳が、私を見上げる。いつもとは違う、逆転した視線の高さ。
心臓がうるさいほど高鳴っている。彼に聞こえてしまうのではないか、と思うほど。
とびきり美形な男性――それも好きな相手に、扇情的な瞳で見つめられて冷静でいられるほど、私は大人じゃない。今だって、緊張のあまり身体が強張っている。
「梨乃……」
「は、はいっ」
「キス、してください」
「ひぇ……!!」
まずい。変な声が喉から漏れてしまった。
ラグは、クク、と笑いを噛み殺すと、真っ赤になった私の頬に手を添えた。あ、ラグの手、ちょっと冷たくて気持ちいい。
そんな事をぼんやりと思いながら、ゆっくり顔を近づける。すぐ間近で絡まる、私達の視線――。
啄ばむような軽いキスをすると、さらに深い場所へと誘われる。
「ん……」
「まだ足りません……もっと」
「あぅ……」
そんな艶っぽい顔、見せないでよ。
身体の奥が、じん、と痺れるのを感じる。こういうのって、欲情、って言うのかな……。
「たまりませんね、その顔。私を誘っているんですか?」
恥ずかしさで固まっている私の耳元で、ラグが囁く。誘っているのはそっちでしょう、言い返してやりたいけど、うまく言葉が出ない。
どうしてだろう。ラグにキスをされると、自分が自分でなくなるような気がする。だって、言葉も視線も、言うことを聞いてくれない。これは私の身体なのに――。
ラグはもたれた身体を起こすと、私を一度胸元に引き寄せてから、優しくソファに埋めた。
それからもう一度、深く長い口付けを交わして、すっかり力の抜けた無防備な首に唇を寄せる。
「ま、まだ昼間だよっ……それに、こんな所じゃ……」
「では寝室に行きましょうか?」
「やっ……そこで、喋らないで……」
「梨乃、答えないと続けますよ」
「んっ……」
ラグは意地の悪い笑みを浮かべながら、私を見つめている。青く澄んだ瞳の奥に、炎が見えた。ラグもその熱に浮かされているんだ。それがとても愛おしくて、嬉しくて、私は彼の頭を抱いた。銀色の髪が、指に絡みつく。
……ああ、もう。どうにでもなれ。
流れるような仕草で、私のブラウスのボタンを外してゆくラグ。
そしてその手が三つ目のボタンに差し掛かったとき、突然玄関のドアが叩かれた。
思わず、私達は顔を見合わせる。
「まさか、またアイツじゃ……?」
「多分違いますよ。ご近所の方じゃないですか?」
「じゃあ、出なくちゃ」
私は着衣の乱れを正すと、玄関へ向かうべく立ち上がろうとして――引き止められた。
「いいですよ、行かなくて」
「えっ?だって……」
「また私を生殺しにするつもりですか?」
「あ、ちょっと、ラグ……っ」
そんな事をやっている間にも、玄関のドアは叩かれ続ける。
だが、暫くするとその音は鳴り止んで、一瞬の後にガチャ、と鍵の開く音が聞こえた。
え……鍵、開いちゃったの?
そう思ったのも束の間、騒がしい足音がこちらへと近付いてきて。気付いた時には、リビングの扉を思い切り開けられていた。
「ラグナっ、梨乃ちゃんは無事かぁ~!?」
空気を読まない養父の登場に、私とラグが固まったのも無理はない。