番外編 魔王ベルゼブの、ぶらり一人旅【その1】
ベルゼブ君の馬鹿っぷりをご覧下さい。
よう。陳腐な世界の人間諸君。今日も元気に絶望してるか?
俺様はベルゼブ。泣く子も黙る魔王様だ。
……え、俺様を知らない? そんなことを言う奴は、すぐに目玉をほじくってやる。今なら右目か左目、好きな方を選ばせてやろう。俺様は寛大な魔王様だからな。
突然だが、俺様は現在人を探している。
名前はリノ。ちんちくりんな女だ。
この世界では多分、救世の聖女サマで知られてるんじゃねーの? けっ、胸糞悪い話だぜ。
……え、何でそいつを探しているのかって?
それにはな、聞くも涙語るも涙の物語があるんだよ。
半年前、俺様は封印された。聖女と呼ばれる女――リノに。
少し油断してたんだよな。人間ごときに俺様が封印できる筈ないだろうって。『若禿げの至り』ってやつ?
ちょっと世界を俺様色に染めたら、あいつ、虚無の世界なんて物騒なところに俺様を封印しやがって。それで何とかそこから意識体だけを抜け出させてこの世界に戻ってみたら、今度は身体が無くなっててさ。
だから人間の身体を乗っ取って、人探ししてるってわけ。俺様を完璧に復活させるためにな。
な、大変だろ? 大変だと思うなら、その魂くれよ。堕落させてやるからさ。
働いたら負けだと思う、って堂々と言える様な世界を一緒に作ろうぜ。
しかし……人間ってやつはどうにも面倒だな。
まずは言葉。俺達、魔に属するもの――つまり魔族は、上位に属するほど言葉を必要としなくなる。だから、魔族同士の会話は言葉を発しなくとも意思の疎通が出来るし、俺様ほどになれば他者の精神を操る事だって可能だ。ふふん、凄いだろう?
人間はそうもいかない。魔術にしたってそうだ。
魔術師なんてモンにならなきゃ魔術は使えないし、精神を操る術は禁忌とされているからホイホイ使う事もできねえ。禁忌を犯して術を使えば、大抵の魔術師の肉体は負荷に耐えられず壊れちまう。
もっと酷い事に、人間の中には魔力を持たないやつもいる。そういうやつらは、魔力を入れる器が元々無いから、どうやったって術は使えない。例え魔力を付与しても、受け止めるものがないから流れ出てしまうのだ。
まったく、人間は本当にどうしようもない種族だ。
俺様が今入っている肉体は、そんな人間にしては中々に良い見た目をしている。
褐色の肌に引き締まった身体。たっぷりとした長い髪と瞳は、俺様の好きな黒色だ。闇の色を持つこの男の身体は、俺様の精神によく馴染む。馴染みすぎて、すっかり定着してしまったほどだ。
この男、心の中に相当な負の感情を持っていたんだろうな。
ふん、少し気に入ったぞ。
どれどれ、魔力の方はどうなんだ。これだけ俺様に馴染むんだ。使い物になってくれなきゃ困る。
俺様は意識を集中させて、術を組み上げる。頭の中に力の流れを思い浮かばせ、詠唱を始める。そうだな、まずは手始めに闇の魔術でもぶっ放すか。
それ!!
……。
…………。
あれ? 何で魔術が使えないんだ?
つーか、魔力の流れがまったく感じられないんだけど……。
……おいィ!?
もしかしてこの男、魔力を持っていなかったのか!?
何でとり憑く前に気付かないんだ、俺!! 馬鹿なのか? いや、馬鹿じゃない!!
おいおいおい、冗談じゃないぜ。
魔力無しの身体なんかに入っていられるかよ。このフィット感は名残惜しいが、手放すしかなさそうだな。
俺様はさっさとこの男の中から出て行こうとして――。
「で、出られねえ……」
――そう。
俺様の精神は、この身体によく馴染んでいた。馴染みすぎていた。
そして文字通り『定着』してしまったのである。
書いても読んでも疲れるベルゼブ君。
番外編『一人旅シリーズ』は、これからも彼の馬鹿っぷりを応援していきます。