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第13話 乱入者、退場



「一体どうしますか、この男。梨乃、指が欲しいですか? それとも目玉?」

「どれも欲しくないよ!?」


 目が眩みそうなほど極上の笑みを浮かべるラグだが、言っている事は物騒だ。薄々勘付いてはいたけど、サドっ気があるのかもしれない。少し――いや、かなり。


「では、ワラワヘムの魔女連中に差し出しましょうか? いい実験材料が来たといって喜んでくれますよ」

「わーっ、ダメダメ!!」


 私は慌ててラグを引きとめた。何故、と怪訝そうに眉を顰める彼に、今までの経緯を説明する。

 ベルゼブの話では、身体は借り物だということだ。それが本当なら、とり憑かれた人間に罪は無い。だから少し心配になったのだ。


 魔王の復活。その話を聞いたラグも、私と同じ反応を見せた。信じられない、そう言いたげな表情を浮かべている。


「しかし……意識体だけの復活なら有り得なくは無い、と思います。意識体とは意志の強さによって作られるものですから。それに、虚無の世界を知っているということは……」

「そうなんだよね……。でも、魔力は持ってないんでしょ?」

「ええ、そのようですね」


 私の目の前には、いつの間にか手足を魔術で拘束されたベルゼブの姿。肉体は人間のものだ、というベルゼブの言葉に配慮して、ラグの『お仕置き』はひとまず回避させた。


「この人って、砂漠地帯の人かな?」

「恐らくそうでしょうね。この髪の色からすると、炎の部族ではなさそうですが……」


 ファルスやエンデに、褐色の肌を持つ人間は生まれない。逆に、ここより遥か南にある砂漠地帯の人間達は、皆一様に肌の色は褐色だ。ラグの言う炎の部族とは、砂漠のオアシスに住む部族であり、燃えるような赤い髪をしている。旅の間も何かとお世話になった。


「懐かしいね。アリーシャ達、元気かな? 久しぶりに会いたいけど……」

「そのうち便りを出しましょうか。アリーシャは今、イーラ国にいるのでしょう?」

「うん、ヴァンの所にいるよ。少し前に結婚したって、手紙が来た」

「先を越されてしまいましたね」

「えへへ……」


 炎の部族のアリーシャと、イーラ国の竜騎士ヴァンは、共に旅をした仲間だ。最後に二人と会ったのは半年前。私があの馬鹿王子と出会ったパーティー以来、顔を合わせていない。

 アリーシャとは後宮に入ってからも何度か手紙のやりとりをしていたが、現在エンデにいる事はまだ知らせていない。きっと驚かれるだろうな。


 そんな思い出にひたっていると、ベルゼブが小さく呻き声を上げた。どうやら目を覚ましたようだ。


「おはようございます。気分はどうです?」


 口調は柔らかいが、威圧的な態度でベルゼブの前に立ちはだかるラグ。

 その一方で、ベルゼブは黒い瞳を丸くして、戸惑ったように視線を巡らせた。あれ? 様子がおかしいぞ?

 ラグもそれに気が付いたのか、形の良い眉を寄せた。


「あ、あの……ここは一体?」

 

 恐る恐るといった様子で、ベルゼブが訊ねてくる。

 もしかして、精神の支配が解けたのか?

 私とラグは顔を合わせて、ひそひそ声で話し合う。


「どう思う、ラグ」

「魔王にしては謙虚な態度ですね」

「何か、普通の人に戻ってるよね」

「油断はできませんが……少し様子を見ましょうか」


 魔術では、人の精神に干渉することは禁忌とされているのだ。だから、この人の精神を覗き込むような事もできない。


 私達は再びベルゼブに向き合うと、朝顔の観察でもするかのように、黙ってその姿を見つめた。妙な沈黙が流れる。


「だ、誰ですか、あなたたち? 僕に何の用です?」

「いや、そのー……もしかして、何も覚えていない?」

「何がですか?」


 ベルゼブはキョトンとしたように首を傾げた。どう言えばいいのか考えあぐねる私に代わり、ラグが説明役を買って出てくれた。


「貴方はおかしな魔物に魅入られて、精神を操られていたんですよ」

「えっ!?」

「今の気分はどうです? 脱力感や破壊衝動などは感じませんか?」

「と、特には……」


 聞くところによると、この人は砂漠地帯よりファルスへ出稼ぎに来ていたらしい。数日前から記憶を失っていて、現在に至るという訳だ。

 あの魔王め、罪もない人間に迷惑ばかりかけやがって。


「それよりも、解放してくれませんか?身動きが出来ないと、凄く困るんですが……」


 おずおずと、ベルゼブ(この人の本名ではないんだろうけど)が訴えてくる。確かに、魔王がいないとなれば、この人を拘束しておくのは可哀相かな。

 ラグの視線に気付いて、私は小さく頷いた。そろそろ解放してあげよう。今回の事は不幸な出来事として、窓ガラスの件も勘弁することにした。

 私達の(寛大な)対処に、不幸な男は頭を下げた。それから、助けて頂いたお礼です、と言いながら懐に手を忍ばす。

 お礼? そんなもの、別にいいのに。

 私がぼんやりと眺めていると、


「――梨乃!!」

 

 ラグが突然私を抱きかかえ、障壁の呪文を発動させた。

 その一瞬後に、激しい爆発音。何だ? 何が起きたんだ!?

 部屋の中は黒煙で満ちて、視界が遮られる。その中で、「やーい、バーカ」とやたら勝ち誇る声が響いてきた。

 お前は小学生か!!


「ふはははは!!油断したな!!俺様が簡単にくたばるわけないだろう!!」


 ……あいつ、一芝居うちやがったのか。

 私はラグに守られたまま、唖然としてしまった。曲がりなりにも魔王なら、妙にせせこましい手を使うな!!


「覚えていろよ、梨乃!!いつかお前を、その陰険魔術師から奪い取ってやるからな!!」


 そんな捨て台詞を残すと、ベルゼブはこちらの視界が遮られている間に姿を消してしまう。

 やがて黒煙が晴れ、残された私達は目を見合わせた。


「迂闊でした。爆発の呪文を封じた道具を持っていたとは……梨乃、怪我は?」

「大丈夫。大丈夫だけど……」


 私は呆然として、滅茶苦茶になった部屋を見渡した。嵐の後の静けさ。そんな中に残されたのは、元はリビングの一部であった窓、壁、床の瓦礫たち。

 住んで二日でリフォームか……。私はうんざりとして、大きなため息をついた。


「なんか……どっと疲れちゃった」



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