第12話 絶体絶命、大ピンチ!?
「あのさ……」
「んあ? 何だ?」
「女の子を口説くときは、もう少し優しくしないと嫌われるよ」
私を押し倒し馬乗りになっているベルゼブに、非難の視線を向ける。ベルゼブは私の言葉に一瞬目を丸くすると、楽しそうに笑った。
「ふん、言ってろ。すぐにその減らず口を叩けないようにしてやるから」
「冗談、やめてよ。私は好きでもない男に抱かれるなんて、御免なのっ!!」
以前、ギアンにかましたのと同じように、足を振り上げる。くらえ必殺、渾身のミドルキック!!
見事にヒット――と思いきや、
「随分と生きがいいな。ま、その方が色々とやり甲斐がある」
軽々と止められたばかりか、片腕でしっかりと足を固定されてしまった。
手首はしっかりとまとめ上げられているから、動けない。しかも馬乗り。足掻こうともがいても、男の力には勝てない。
まずい。非常にまずい。
脳裏にラグの姿が浮かぶ。
私の大切なひと。でも、彼は今、ここにいない。
「は、離して……ラグ以外の男に触られたくない」
「ラグ?」
「私の婚約者!! あんただって知ってるでしょ。私と一緒に戦ってくれた魔術師」
私がそう答えると、ベルゼブの顔が途端に嫌悪感で歪む。
「はぁ!? お前、あんな奴と一緒になるつもりか!? 趣味ワリーな」
「あんな奴とは何よっ!!」
「……んで?」
「な、何?」
「奴とはもうヤったのか?」
「うっ……。ま、まだ、だけど」
昨夜の出来事を思い出して、顔が熱くなる。そんな私を見下ろしたまま、ベルゼブはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、
「じゃあ、俺様が貰ってやるよ」
そう言うなり、私の首元に顔を埋めた。
肌が粟立つ。気持ち悪い。身体が動かないもどかしさと悔しさで、涙が零れそうになる。
絶体絶命の大ピンチ――。
「ラグ……っ!!」
この場にいない恋人の名を呼ぶと、私はきつく瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――もうダメ!!
ラグを想い瞳を閉ざした瞬間、瞼の向こうに閃光が走った。
強い魔力の気配と、刺さるように鋭い怒気。部屋中に満ちた不穏な空気に、私は恐る恐る眼を開ける。
「梨乃!!」
聞こえてきたのは、待ち望んだ人の声。
いつの間にか解放されていた身体を起き上がらせて、彼の元へと走る。
「ラグ!!」
「大丈夫ですか? 怪我は? 」
「へ、平気……」
「あの男に何かされました?」
「まだ何も……ラグが来てくれたから」
ありがとう、とお礼を言うと、ラグはほっとしたように息をつく。そのまま私を抱きしめて、優しく頬にキスを落とした。彼の香りに包まれて、心が落ち着いてゆく。
安心のあまりつい流れてしまった涙を、ラグがそっと拭ってくれた。
「どうして分かったの? まだ仕事の時間だし、来られないかと思っていたのに……」
「妙な胸騒ぎがしたので、慌てて飛び出してきたんですよ」
愛の力です。そんな事を言う彼に、思わず笑みがこぼれた。
「でも、本当にありがとう。ラグが来てくれなかったら、今頃……」
今頃、どうなっていたのか。ぞっとして、私は慌ててその考えを払拭した。
そういえば、ベルゼブは?
振り返り部屋を見渡すと、壁際でグッタリとしている姿を見つける。
ラグ、手加減無しで魔術を放ったんだろうな。ベルゼブは意識を失っているようで、ピクリとも動かない。
……まさか、死んでないよ、ね?
不穏な考えを過ぎらせる私の横で、ラグはニッコリと笑って言った。
「さて、あいつを縛り上げましょうね。これから先、梨乃に手を出さないことを、身をもって誓って頂かなくては」