第10話 乱入者、登場!?
異世界に来て二年経つが、ここ数日の忙しさは怒涛の勢いだった。世界救済の旅もここまで慌ただしくはなかったし、後宮にいた頃は退屈な日々を送っていたから、目まぐるしく変わる状況に思考が追いつかない。
家のリビングにまとめられた荷物を解きながら、昨日までの出来事を思い返してみる。一つ一つゆっくりと、これが夢ではないのだと噛み締めながら。
私の荷物といっても、持ってきたものはごく僅かだ。
この世界へ来た時に持っていた鞄、その中に入っていた手帳とシャープペン、化粧道具、読みかけの恋愛小説に、電池の切れた携帯電話。それから旅の間に買った衣類が少し。
後宮にいた頃王子から貰ったドレスや宝石の類は、すべて売り払いお金に換えた。使えるものは全て使うという私のモットーに恥じぬ、逞しい処世術だ。
8割がたはラグの私物なので、衣類の他は触らない事にした。魔術関係の品も多くあるはずだから、むやみに触って妙な呪いを貰っても困る。
本当なら、昨夜ラグと共に片付けようと思っていたのだけれど――まぁ、色々と忙しかった為に進んでいない。
……『何を』していたのかは、言わずとも察していただけるだろう。
とりあえず衣類を全て寝室のクローゼットにしまう。部屋を見渡せば、生々しく乱れたベッドが視界に入り、何故か生唾を飲み込んでしまった。
昨晩の記憶が蘇る。
間近にある青い瞳、憎たらしくなるほど見事な白い肌、形の良い薄い唇。初めて指を通した銀髪は信じられないほどサラサラだったし、細身だと思っていた身体には適度に筋肉がついていて、力強かった――。
……意外と男らしかったな、なんて。
ああ、まずい。ドキドキしてきた。私は昼下がりの団地妻か。
とりあえず落ち着け。深呼吸、深呼吸。
いそいそとベッドの乱れを直して、逃げるように寝室を後にする。
そうだ、今日の晩御飯はどうしよう。
昨日、ワラワヘムへ行った帰りに市場を教えてもらったから、買い物に行こうかな。今のままでは日用品も不足しているし、洋服も欲しい。
折角天気もいいことだし、散歩がてら出掛けよう。
そんな事を考えながら、調子の外れた(実は音痴なのだ)鼻歌交じりに掃き掃除をしていると、玄関の扉が叩かれる。
一体誰だろう?
この住処を知っている知り合いはまだいないはずだ。荷物が届くわけもない。もしかしたら、ご近所の方だろうか。
だが、『無闇に玄関を開けてはいけませんよ』というラグの言い付けを思い出し、扉を開ける事を躊躇してしまった。その間に人の気配が玄関先から消える。
……ご近所さんだったら、悪い事をしたなぁ。ていうか、そのうち挨拶にも行かなくちゃ。
「やる事いっぱいあるもんね。早く掃除を終わらせて、買い物行こうっと」
気を取り直してリビングに戻り、掃除を再開するべく箒に手を掛け――。
「見つけたぜ、梨乃っ!!」
そんな声を上げながら一人の男が押し入ってきた。
大きな破壊音と共に、窓を突き破って……。