一度だけ嘘を吐かなかった日
「この動画は見たー?」
「どれ?あぁ、見た見た。新作のファンデのやつでしょ」
「そうそう。私もうAmazonで買っちゃったよ。明日香も買った?」
「えぇ、私はまだだね」
「あれは絶対に買った方がいいよ。2人で揃えようよ。約束ね」
「そうだね。絶対。約束」
にっこりと笑う友達。ふと、横目で電車の現在地を把握する。毎日の乱れなきダイヤに乗っかる私に降りそびれるという概念はない。
電車が止まる。降りるのは私だけだ。
「じゃあね、明日香、おつー」
「おつー」
手を振り合うが、早い段階で2人とも相手への意識を喪失する。それを悟らせまいと電車は急いで走り出すようである。
夕闇に煌々と自販機の光が刺さる。甘いだけの飲み物、ただのその陳列。一瞬体が止まって、私は学生鞄の中からマイボトルを取り出す。プラスチック製の百均のやつの蓋を開けて、水を飲む。少し不十分な量のみ。
もう一度、自販機を見てから歩き出す。定期をかざして改札を出る。
今日も母が遅くなるから弟を迎えに行かないと行けない。チャイルドシートのついた自転車。一日止めるだけなら無料の駐輪場。
「急がなくちゃ」
遅れると保育園の延滞料金が発生する、500円も。
漕ぎ出す。舗装の甘い片田舎の道路。照る夕陽。焦燥する喉。
上がっていく速度は風を発生させて、顔の横を通り過ぎていく。が、それを信号機の赤が止める。急ブレーキ、沈んでいく血流、上がる息。
「……私、いい子だな」
溢れそうになる色々をそんな言葉に置き換えて、喉に流し込む。けれど喉は潤わなかった。
かっと喉を言葉が這い出そうになる。それを止める。喉が渇く。信号は赤、車は一台も通らない。
「……つらいよ」
それを言葉にしてみたけれど、喉が潤うことは無かった。




