触れなかった肩
こんな日もある。と言うよりこんな日も来るものなのだ。幾度その肩に触れてきただろう。その小さな肩に幾度となく。何度も何度も。自分の持つ全ての幸運がその行為から彼女に移ればいいと思いながら、頭から肩へと撫でた。
小さな頭、小さな肩。ほんの小さな女の子だった。
「お父さん、ちさがもう出るんだって」
「……」
「何してるの?」
妻が自分のすぐ側まで寄ってくる。顔を覗き込む。その視線から避ける様にして顔を逸せる。
「ふふ」
妻はそれを見て笑う。
「何を見てるのかと思ったら、ちさのそんな昔の写真なんてどこに隠してあったの?」
「……」
「可愛いわね。本当に」
「……今だってそうさ」
「ふふ」妻はまた僕の言葉に笑った。
「おかあさーん!」
「はーい」
玄関から聞こえるちさの言葉に母は言葉を返す。
「お父さん、ほら、行かないと。ちさが待ってるわ」
妻が僕の手を引く、力強くそれでいて優しい力で。玄関まで辿り着くとちさが待ちくたびれたという態度をしていた。左足を地面に打ち付ける。昔から変わらない。
ぐっと彼女に近づいていく。玄関ドアのすりガラスから朝の陽光が彼女に降り注ぐ。
僕は彼女の顔を見て目をじっと見つめる。小さな頭がそこにある。僕は昔のようにそれに手を持って行こうとする。
けれど途中で止める。
「義父さん、義母さん。ちささんの事、改めて任せて下さい」
清潔感ある若い男。優しく、健やかで。
ちさの手が彼の肩に触れている。それによって彼の体の震えが静かになったのが見てとれた。
「じゃあ、行ってきます」
「またいつでも帰って来るのよ」
妻が返答する。それにちさも元気な笑顔を返す。僕は離れていく女の子の背中を見届ける。陽光の中に溶け込んで消える。
僕の肩が震える。そこへそっと手が添えられる、力強く優しい妻の手が。




