先に謝られた日
「ごめん」
彼はそう言った。私はその彼の縮こまった肩を見ながら、とんがらせた目を柔和にしていく、と言うよりも角が折られた。
弱々しい小動物。彼の目に映る私は一体どう映っているのだろう。凶暴な猛獣か、血走った目を持つ悪魔か、はたまた死神にでも見えているのかも知れない。
急落する熱感。頭を縛り付けていたストレスが血管の中の血液に溶けて流れていくのを感じる。じんわりと熱かった、それが冷めていく。
熱の消滅は思考を冷静にしていく。この喧嘩の始まりは私のわがままだったはずだ。頭では分かっていたけれど、その小さなわがままを受け入れてくれなかった事にどうしようもなく苛立ちを覚えた。
そして私は吠えたのだ。獣のように吠えた、ともすれば悪魔のように。彼は毎回の様に、肩肘の出っ張りがポロポロと剥がれ、高い身長はみるみると小さくなる。
見る影もない。私の好きな人。
「ごめん」
もう一度、それを言ったのは私では無かった。私の返答では無かった。
あまりにも早い。二度目のごめんという彼の言葉。なんとも軽いテンポを持ったタイミングのそれ。けれど、それは一度目のごめんよりもずっと形がくっきりしていた。
私は口が開きかける。あっと、口が開き。言葉が喉のすぐそばにまで登る。
「ごめん」
謝罪。それは今日1日の中でどれよりもくっきりとした意味に巻かれていた。
私では無かった。
「……俺たち、別れよう。別れてくれ」
私は口を開きかけていたが、また口を閉じた。ごめんとは何処へも行くところを失った。




