彼たちの恋愛プロトコル
最近、アーサー様が挙動不審だ。
君の瞳は、満天の星空より輝いている。だの
貴方の愛らしい唇から紡ぎ出される言葉は、どんな吟遊詩人の詩より美しい。だの
キザったらしいセリフを言うのだ。
真顔の棒読みで。
「アルベルト様の入れ知恵かしら」
「稀代の遊び人」
「もっと地に足ついた褒め言葉なら素直に受け入れられるのに。爪の形が綺麗だね、とかさ」
「ホントだ、綺麗」
「ありがと、侍女達が整えてくれるのよ。凄い器用なの」
夜会の時、アルベルト様は明らかに面白がっていた。アーサー様の空回りっぷりに。
「こう言えばご令嬢はイチコロだよ」とでも言っているのだろう。辞めていただきたい。
ウチの子は真面目で素直なんです。用意された台本通りに話すのに必死で、表情筋が仕事できないじゃないの!
「でも、カレン酷い。あんなに大切にしてくれてるのに、私に拒否権はないなんて言って。アーサー様、傷つくよ」
珍しく長文を話したユリアに、言葉が詰まる。
「だって、本当の事だし…」
「本音と建前で使い分けるのが、賢い社交術だって言ってたじゃない」
「…真っ直ぐすぎるの、アーサー様は。私には、そんな価値ないのに」
「価値のない人なんていない。これもカレンが教えてくれた事よ?」
「………怖いのよ」
「何が?」
「信じるのが」
信じて全てを委ねて。なのに、裏切られたら?
アーサー様は、真面目で素直な人だ。きっと、私から心が離れた時、彼自身も苦しむだろう。
私は、彼が苦しむのを見たくないのかもしれない。
「………あのクズのせいで苦しまないで、お母さん」
「………っ!えっ…」
「幸せになって」
「えっ、ちょっ、ユリア!?」
「ん?何?…ごめん、寝落ちしてた?」
「えっ、何?ちょっとパニック」
「何が?」
何が?はこちらのセリフだ。何さっきの、お母さんって…。
ユリアとは前世の記憶について話した事がある。出身地も年齢も、私との共通点はなかったはずだ。
でも、さっきの言葉…あれは前世の娘の…?
そうだ、本音と建前で使い分けるって話も、価値のない人なんていないって話も。
ユリアとはそんな話していない。その話をしたのは娘とだけ…。
「神様のイタズラってやつ?」
「何が?」
「認めるしかないのかな」
「何が?さっきから何が?の連続だ」
「私、アーサー様と真剣に向き合うよ」
「急展開」
信じるのは怖いけど、アーサー様なら大丈夫かもしれない。
………まぁ、大丈夫じゃなかったらそれはその時考えよう。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
理愛の声で、意識が浮上した。
「ごめん、寝てた」
友理はそう言って横たえていた身体を起こす。
「いいよ、まだ寝てて。寝ずの番、ありがと」
「寝てたけどね」
フフフッと、2人で顔を見合わせ笑う。
笑ったのは、何日ぶりだろう。
お母さんが死んで、葬儀までの数日間。ただただ呆然と過ごしてきた気がする。
「今日の葬儀と火葬が終わったら、納骨まで一休みできるね」
「そうだね。理愛、仕事大丈夫なの?新人なのに何日も…」
「忌引きに嫌な顔するの、コンプラ違反だもん。会社に文句言わせないよ」
「相変わらず強気なんだから」
「お母さんに似たんだもーん」
理愛が大学を卒業後、就職が決まり家から独り立ちしたのを見計らったかのように、心不全で急死したお母さん。
クソみたいな父親の仕打ちをバネに、シングルマザーで私たち姉妹を育ててくれた強い人。
「さっき夢見てた」
「えーどんな?」
「お母さんが貴族令嬢で」
「なにそれ、ウケんだけど」
「私も友達の令嬢だった」
「お姉ちゃんが令嬢」
ケラケラと理愛が笑う
「私の名前、ユリアだよ。友理と理愛でユリアかな」
「私もかよ!」
「お母さんに、幸せになれ〜って言っといた」
「……苦労させたもんね」
「ね、これから恩返しの番だったのにね」
しんみりしていたら、式場のひとに声をかけられた。
そろそろ、葬儀の時間が始まる。
私は、棺の中のお母さんを見つめてもう一度
「今度は、幸せになってね」
と言って、静かに覗き窓を閉じた。




