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平凡令嬢、溺愛を信じない  作者: 雨の日


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3/7

世間はそれを溺愛という…のか?


「で、婚約したって訳」

「急展開」

「自分でもビックリだよ」

「おめ」

「いや、うん。そうなんだけど。普通にありがとうなんだけど。」

「スパダリ(笑)」

「いや、笑うなし!こっちは地味にHP削られてんだわ!」


謎に懐かれてしまったあの後、両親の元に戻ったアーサー様は、すぐに婚約の申し入れを正式にお願いしてきた。

予想外の展開に(正直、両家とも望み薄だと思い、お互い良い御縁があればいいですねーなどと世間話に花を咲かせていたらしい)両家大歓喜。私のお気持ちなどそっちのけで即日婚約成立と相成りましたとさ。めでたし、めでたし。


とは問屋が卸さないのが世間様である。


あの、噂のスーパーエースが婚約しただと!?相手は誰だ!何処の絶世の美女だ!

えっ、あれ…?隣の美少女じゃなくて…?

えっ…、あ、そう…ふーん。


そんな世間の声にめげなかったのは、私のメンタルが中年ババアだったおかげである。

ママ友、PTA、職場のお局様。

聞こえる距離で、しかし直接は言わない陰口など日常茶飯事の現代社会の社交界。それを泳ぎ切った経験を舐めないで頂きたい。


しかし、そんな私でもHPを削られる事がある。実害を伴った嫌がらせである。

制服にペンキをかけられる→洋服代がもったいない。

お弁当に砂を仕込まれる→食べ物がもったいない。

校庭裏に引き込まれ詰め寄られる→時間がもったいない。


もったいないのオンパレードである。しかも、お金も無駄になるのだ。もったいないが過ぎるではないか。


深窓のお嬢様方は知らないのかもしれないが、お金を稼ぐというのは、それはそれは大変な事なのだ。お金は無駄にしてはいけないのだ!



「ってお嬢様方に話したら」

「話したのか、度胸すごいな」

「ママみたいな事言わないでって言われた」

「ウケる」

「ヘコむ」

「ドンマイ」

頭を撫でられた。

ちょっと気持ちが上がる気がする。頭を撫でられるなんて、子供の時以来かもしれない。


「カレン嬢、ここにいたのか。ゴールド伯爵令嬢、カレン嬢を少しお借りしても?」

頭を撫でられ癒されモードを満喫していると、アーサー様が現れた。婚約から1週間。顔を合わせるのは初めてだった。

「カルキベア様。えぇ、もちろんですわ。カレン、また今度お話しましょうね」

お手本のようなご令嬢スマイルを貼り付けて、ユリアはスッと席を立ち去っていく。

あぁ、私の癒しの右手…


「仲が良いのですね」

私がユリアに名残惜しい視線を送っているのを見てアーサー様が言った。

「えぇ、とても気が合うのです」

「ゴールド伯爵令嬢は、確かモウヤシ候爵家の方と婚約されていますね?」

「ええ、シロホソ様ですわ。お会いしたことがありますが、お優しくて穏やかな素敵な方でした」


(やけにユリアのこと聞くな、もう目移りしたのか?ユリアは可愛いから仕方ないが、横恋慕はやめときなさい)

そう思って、ユリアの婚約者を褒めておく。実際、シロホソ様は素敵な大人紳士である。


「そうですか…。なんだか貴方の口から他の男性を褒める言葉が出ると、妬けてしまいますね」

べつにユリアにちょっかいかける気はなかったらしい。歯の浮くようなセリフもイケメンから発せられるとサマになる様だ。

「……何かご用がおありでしたの?」

「特に用事があった訳ではないのです。ただ、あれから1週間、生徒会の方が慌ただしくお会いできなかったので」

「お忙しいのですね」


ユリアが先ほどまで座っていた席をアーサー様に勧め、2人で向かい合って話す。

燃えるような赤毛に黄金の瞳。実にキラキラしている。

柔らかな微笑みをこちらに向けないで欲しい。

側に居たご令嬢が「はぅっ」と胸を抑えて倒れ込んでいるのだ。危険な微笑みである。


「ご趣味はなんですか?」

などと、見合いの定番セリフを口にするアーサー様。

何故頬を赤らめているのか。心なしか、ピンクのオーラとふよふよ舞う花びらが見える気がする。

たぶん気のせいだけど。

これなんの時間?

とは口にせず、半刻ほど2人で他愛ない話をした。


それから毎日、アーサー様は学園で声をかけてくる様になった。時間があれば、ランチを共にする日もある。どうやら生徒会の仕事が一段落したとかで、第2王子様に「やっと出来た婚約者を大切にするように」と言われたらしい。

言われたから婚約者を尊重する。律儀で真面目な性格なんだなと思った。




「公爵子息に溺愛される伯爵令嬢」

「なにそれ?新しい恋愛本が出たの?ユリア好きだね〜そういうの」

「カレンとカルキベア様の話」

「初耳。溺愛された覚えはないけど」

「カルキベア様は誰にでも優しいけど、カレンに向ける表情は極上と評判」

「あの人は顔の作りが極上だからそう見えるんでしょ?」

「…カレン、ひねくれてる」

「愛に夢見てないだけよ」



顔合わせしたあの日に、私の何かが彼の琴線に触れたのは間違いないだろう。それで好意を向けられているのも分かっている。

でも、だからって簡単に信じて浮かれるほど私は単純には生きられないのだ。


見た目のいい男が、頬を赤らめ優しい瞳でこちらを見つめる。

あら素敵、と思う心は一瞬で、まぁ最初だけよ、と私に呟くのだ。


アーサー様との結婚は決定事項だ。流石に2度も婚約を解消されるのは貴族令嬢としてキツ過ぎる。

彼が私に好意を感じている間は上手くいくだろうし、子供も産むだろう。

それから歳を重ねれば?

ただでさえ冴えない女が歳をとって唯一の武器の若さを失えば?

前世の二の舞にならない為に、私は公爵家で確固たる地位を築いておかないと。

愛だの、恋だの、そんなのは真に受けずに軽く受け流しておくべきだと思う。




「夜会にパートナーとして、参加してもらえませんか?」

ある日アーサー様にそう言われた。

第2王子の生誕パーティーがあるのだとか。我が家は毎年両親だけ参加していたので、私は初めてである。

「私、学園のプレ夜会しか経験がありませんわ。大丈夫でしょうか…」

主にダンスとか。

「大丈夫です。私がずっと側についていますから」

ギュッ、と手を握られる。最近、スキンシップという技を覚えたらしい。といっても、手に軽く触れるだけだが。

毎回エスコートの度に、「カレン嬢、貴方のその美しい手に触れても?」とか聞かれていた。真面目過ぎる。

「手に触れるくらいなら毎回聞かなくても良いです」と言ったら、目ん玉飛び出すかと思うくらい目を見開いていた。「えっ!聞かなくても触っていいの!?」と言わんばかりだった。


「いえ、アーサー様もお付き合いがあるでしょうし結構です。私はその間、壁の花に徹します。おそらく壁と同化するレベルで存在を消せるので」

「貴方のような美しい花が壁にあれば、皆こぞって手に入れたくなるでしょう。貴方は私だけの花であって欲しいのです」

「…、その様な物好きはアーサー様だけですわ」

「貴方は、ご自分の美しさを過小評価されているだけだ。その価値に気づいているのは私だけではないから、心配しているのです」

握っているのと反対の手が、私の頬を触れようとして直前で止まる。

「貴方に、触れても?」

頷いたのか、俯いたのか、そんな動きを了承と受け取ったアーサー様の手が、私の頬を優しく撫でる。

いちいち聞かないで欲しい。真面目か。


ひんやり冷たく感じたのは、アーサー様の手が冷たかったからか、私の頬が熱を持っていたのか。



絆されてはいけない。信じるから、裏切られたと思ってしまうのだ。



シロホソ・モウヤシ候爵令息。とっても優しいとユリアに評判の色白でヒョロリとしたモヤシっ子。投げやりな命名だなと反省している。

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