27. 最期の面会
滞在期間中、父の寝室には毎日何度も通い続けた。しかし、初日に私を母ダリアと勘違いして謝罪してきた以外は、視線が宙に浮いたままか、目を閉じたまま、何を話しかけても無言だった。アベルや息子のシモンが代わりに話かけても同じである。左手を握ったり、肩をさすったりもしたが、ダメだった。
いよいよ、滞在最終日。荷造りのあと、また父の部屋にきた。これが最期のチャンスだ。
「お父さま、リリアーヌです。戻りましたよ。ご心配おかけしました。」
「アベルです。娘さんと結婚することになりました。幸せにします。」
「孫のシモンです。よろしくお願いします。」
左手を握って、宙に浮いた視線に分け入るように覗き込んで、何度か話しかけてみたが、目線が合うことはなく終始無言だった。
「…そろそろ行きましょうか。」
「いいのか?このために来たんだろう?」
「もし後悔が残るとするなら、もう少し早く来ればよかったかしらね。」
そういって、部屋を後にしようと、扉に手をかけた時だった。
「あ・り・が・・・とう」
小さい声だったが、明らかに父の声で。でも振り返ると視線が宙に浮いたままの父の姿があった。
***
ブロワ領から、また五日間馬車に揺られて揺られて、ようやくマール領に帰還した。途中立ち寄った観光名所のフォレ湖はとても透明度が高く神秘的な湖だった。ちょうど周囲の木々たちが赤く紅葉していて、その神秘的な美しさを一層際立たせていた。この世界にカメラがあるなら写真に収めたかった。
マール領に戻ってすぐ、アベルはアレクサンドル王太子殿下のもとに、今回の"特命"の報告にいった。ファムファタールの話を報告すると、終始彼は苦笑いだったそう。『全くはた迷惑な人だ。じゃあ次の特命は彼らを婚約させることにしようかな』と冗談半分に言われて『さすがにそれは難しい』とアベルは即答したらしい。
マール伯爵家やフルール商会の従業員に買ってきたお土産はとても喜ばれた。なかなか北の辺境なんて土地に普通は行かないから、みな興味津々といった様子で、町の様子や魔獣のことを聞かれた。
そしてついに私たちは、残った休みの間に婚姻届も提出した。結婚式を挙げた日に婚姻届を提出するのがこの世界の通例なんだけど、シモンのことを考えると早めがいい。
さあまた仕事だと張り切っていると、今度は妹から父の訃報が届いた。最期は眠るように亡くなったらしい。どうか安らかに、彼の地にて穏やかなる日々を。ブロワ侯爵家についてはエリカが既に嫡子指定されている。異論はないので、その旨を手紙にしたためた。




