25. 彼女はファム・ファタール (side アベル)
俺がブロワ領を離れてから、かれこれ半年が過ぎた。この半年間、色々なことが起こりすぎて、この土地に来るのも随分久しぶりな気がしてしまう。昨今のブロワ領は隣国の金脈開拓の影響を受け、魔獣が増えているとのことだった。ここはもともと冒険者の街で魔獣狩りが一大産業なのでそれ自体は良いのだが、ドラゴンをはじめとした上級魔獣が増えたのは由々しき問題だ。一応まだ第四騎士隊の副隊長だから、隊長に報告を入れておこう。
あと、ブロワ領に行くならヴィクトル殿下とエリカ嬢が仲良くしているかを確認してきて欲しいというアレクサンドル王太子殿下たっての"特命"がある。そろそろ捜査しないといけない。ヴィクトル殿下に久しぶりに二人きりで話がしたいといったら、夕食後飲みに誘われた。
「さすがに街中を降りるのに、この金髪は目立ちすぎるからな。」
そういって中指にはめた指輪に手をかざすと、殿下自慢の金髪が一瞬で真っ黒になった。変装は闇魔法だから光属性の殿下には扱えない魔法だ。しかし髪色を変えるくらいなら、闇魔法が込められた魔道具でも可能である。おそらくさきほどの指輪がそうだろう。それにしても、黒髪のヴィクトル殿下はアレクサンドル殿下とよく似ている。母は違えど兄弟なのだと思った。
転移魔法を使って城下におり、ブロワ領最後の夜に第四騎士隊の隊員たちと打ち上げをした酒場にきた。
「ハイボールを2杯頼む。」
「毎度!」
なみなみと注がれたハイボールが荒々しくテーブルに置かれる。いかにも荒くれものの酒場といった雰囲気だ。
「乾杯!」
周囲に話が聞かれないように防音壁をはり、まずは殿下にこの半年、俺の身に起こったことを報告する。殿下も俺にあんな歳の息子がいると聞いた時はとても驚いたそうだ。そりゃそうか。
そのまま飲み進めると、いい感じにお酒が入ってきたので、そろそろ"特命"の捜査にあたることにした。
「殿下、実際エリカ嬢のことどう思ってらっしゃるんです?侯爵家の嫡子ですし、臣籍降下先としてもよいのでは?」
「私はまだ王太子に返り咲き、この国の王となることをあきらめていない。だから今まで危険を伴う仕事も懸命にこなしてきた。」
え…そうだったのか。確かにアレクサンドル殿下に決闘を申しこみヴィクトル殿下がそれに勝てば、王太子にはなれる。殿下曰く、今は王太子になった後を見据え、地に落ちた人望を少しでも高めようと尽力しているらしい。では、エリカ嬢との結婚は考えていない?
「だが…彼女は私を惑わす…彼女はファム・ファタールなのだ。」
殿下は絞り出すようにいった。
ふぁむふぁたーる?
そのあとの殿下の話をまとめると、殿下とエリカは体の相性が抜群によいらしい。もう彼女以外の令嬢を抱きたいと思わないほどに。
「しかもエリカは…いつも私の欲する賛辞を与えてくれる。それでいて、あの儚げな瞳でこちらを見つめて私を守ってほしいなどと言うんだ。もうたまらないだろう?頭では早く王都に戻らねばと思うのに、心も体も彼女でいっぱいなんだ…そばを離れることなどできない。」
殿下はどこか悔しそうに吐き捨てた。殿下が王太子に返り咲くことさえあきらめれば、三方丸く収まるのでは?
「また『魅了』の類かとも思ってな。その辺も王家の影を使って調べさせた。だが、そのような呪術はかけられていないといわれた。」
その後もどれだけエリカと離れがたいかをこんこんと説かれた。
「いやならぬ、私は...必ず…必ずアレクサンドルを倒す…のだ…。」
そういうとさすがに飲み過ぎたのか、殿下はそのまま眠りに吸い込まれた。仕方ないので殿下の分の支払いも済ませ、殿下を担いで城に転移した。




