8. 王都デート
マールに質のいいジュエリーショップがないため、祝宴のドレスとジュエリーは王都で選ぶことになった。シモンはアンヌと一緒にお留守番。まだ魔力が不安定で転移魔法で一緒に飛ぼうとすると座標がずれてしまうのだ。一応デートなので、白を基調としたワンピースにアレクサンドライトのネックレスを合わせ、貴族のお忍び風コーデにした。
「リリ、今日もかわいい。」
「ちょっとからかわないで。」
「からかってない。本気!」
普段略式の騎士制服を着用しているアベルも今日は私服だ。緑色の瞳でこちらを見つめながら、すっと手を差し出した。
「今日はデートだから、ちゃんとエスコートさせて。」
「ふふ。ありがとう。」
人を巻き込まないようにわざと王都の中心部から少し離れたところに転移した。目的の場所まで手をつないで歩く。そういえばロベリアが学園に現れる前はよくこうやってデートしたっけ。
「ドレスはこの店が一番いいって、義姉さんが前言っていたんだ。最新のトレンドを押さえているって。」
義姉さんって、アベルのお兄様のお嫁さんか。何回か領地でお会いしたことがある。確か守ってあげたくなるようなかわいらしい雰囲気の女性だ。"悪役令嬢"らしく派手顔できつめに見られがちな私とは対照的だ。
「いらっしゃいませ。」
「ボナパルト家のものだ。パートナーのドレスを選びたい。」
「アベル ボナパルト様ですね。お待ちしておりました。」
予め来店を知らせていたらしくスムーズに中に通された。
マール領は隣国からの影響もあり、開放的で露出度の高いデザインのドレスが多い。もちろんそれも悪くはないのだが、個人的に派手過ぎるのは好みでない。一方最近の王都のトレンドは、クラシカルなデザインに回帰しているようだった。
「うわあ、とってもきれいだよ、リリ!でも一番初めのもかわいかったし、選べないな。」
今回はアベルがエスコートするから、彼の瞳の色に合わせ、緑色のドレスを試着している。一番初めに試着したドレスはAライン、今試着しているのがマーメイドラインのドレスだ。
「祝宴のドレスは一着でいいのよ。」
「いやでも、これからもエスコートするから何枚あってもいい!」
結局二着ともアベルが買ってくれた。次はドレスに合わせるジュエリーだ。ジュエリーショップの方も、予約していたみたいで、すぐに奥の部屋に通された。一応、指輪のサイズも測られたけど、今回はエメラルドのピアスとペンダントのジュエリーセットをプレゼントされた。
「この後、学生時代によく行っていたカフェに行かない?アフタヌーンティーの予約を取ってあるんだ。」
「あら、ずいぶん準備がいいのね。」
このカフェは学生時代にアマリーやネモフィラともよく来た。いかにも貴族が好きそうな優美でトラディショナルな内装で当時とほとんど変わっていない。二階の個室に通された。
「懐かしいわね。」
「俺、ここのジャムが好き。スコーンにたっぷりのっけて食べるとおいしいんだよね。」
「ここ茶葉の種類がうちの店の倍くらいある。入れ方も完璧だわ。」
お茶をしつつ、ちょっとした世間話からお互いの実家の話になった。ブロワ侯爵領のスタンピードで父が負傷したことくらいは風の噂で聞いていたが、現在父がほぼ寝たきりであること、義母カサブランカが離縁され家を出されたこと、エリカとヴィクトル殿下が恋仲になり、ブロワ家がヴィクトル殿下の臣籍降下先として最有力視されていることについては初耳で衝撃だった。
「まあこれで私も安心してマール伯爵家を継げるわね。」
「そういうことにはなるな。」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕暮れ時だ。これ以上長居しては、おいてきたシモンに申し訳ない。王都の外れに戻り、転移魔法で邸の庭に移動した。転移後、アベルにそっと抱き寄せられて、唇に軽くキスされた。
「大好きだよ、リリ。今日はとっても楽しかった。」
「アベル、今日はありがとう。楽しかったわ。」
失踪し、シモンを産んでから、こんなに胸がドキドキしたのは初めてだ。やっぱり私はどうしようもなく彼が好きなのかもしれない。




