1. 邸の庭で
今日は夜、新しいメニューの試作品検討会が『カフェ ド マール』で行われる。夕食を一緒に取れない代わりに、昼食はシモンと取ろうと思って、商会から一度邸に戻った。転移魔法で移動すると、アベルとシモンが魔法の練習をしているところだった。
「ははうえ!ファイアランスができるようになったんです!」
私が庭に姿をみせると、シモンが飛んできた。火魔法は詳しくないけど、ファイアランスは確か中級に分類される技だ。一個一個の魔法の技には向き不向きがあるから、誰しも上級でも簡単に出せる技と初級でも苦手な技があるのが普通だが、私も初めて中級の技が出せたときはとてもうれしかった。
「へえすごいわね。見せてくれる?」
アベルがさっと防護壁を出して、火が周りに飛び散らないようにしてくれる。庭師を置くのをケチって何も植えていない殺風景な庭だが、魔法や剣術の練習にはもってこいかもしれない。
「ファイアランス!」
シモンがそう唱えると、何本かの火槍が飛び出した。飛距離はまだまだか。実践には不十分だが、この年齢の子としては上出来だ。
「最近、魔法がどんどんうまくなってるわね。」
「ちちうえに教えてもらいました!ちちうえ、魔法も剣術もすごいの!」
「魔法はリリに似たんだと思うよ。俺が教えてていいのかなって思うくらい、天才だもの。なーシモン!」
そういうと、アベルがシモンの頭をなでてギュッと抱き寄せた。
「アベル、ありがとね。そういえばこれからシモンと昼食をとるんだけど、あなたも一緒に食べない?」
普段私は日中は邸を留守にしている。はじめアベルは、非番の日の午前中だけ、午後だけというふうに、面会していたらしいが、シモンにせがまれて一緒に昼食をとるようになり、シモンに外国語の家庭教師が入っていない日は丸一日、日が暮れるまでシモンと過ごすようになったと侍女のアンヌから報告を受けていた。うちは庭師はケチっているが、調理人はちゃんとしたシェフを雇っている。商会で何店舗か飲食店を経営しているし、シモンにはちゃんとおいしいものを知っていてもらいたいという親心だ。うちで昼食を出すようになって、アベルが律儀に昼食代を渡してきたらしいが、魔法と剣術の家庭教師代ということで、アンヌは受け取らなかったそうだ。
「やったー。今日はちちうえとははうえと一緒にランチができる。ふわふわとろとろオムライスだよ!」
アベルが答えるより先にシモンが私たちの手を引っ張った。
***
シモンの予告通り、ふわふわとろとろオムライスがサーブされた。実はこの世界のオムライスはしっかり焼かれた薄焼き卵をのせるものしかなかったのだが、この邸では私がリクエストして半熟仕立てで提供してもらっている。シモンの好物の一つだ。
「卵が半熟のオムライスって初めて食べるけどおいしいな。」
「でしょー。ははうえが考えたんだって。」
「昔から、リリは食べ物のアイディアはすごいな。カステラもリリが作ったんだぞ。」
「ははうえがカステラ作ったの!?すごい!」
「ふふふ」
シモンはずっと嬉しそうだ。
「そうだ、ははうえ!ぼくの誕生日会なんだけど、ちちうえも呼んでいい?」
キラキラした瞳で見つめてくる。ダメと言えないなあ、これは。
「この子の誕生日の夜あいている?『ビストロ フルール』の個室で誕生日会をやるんだけど。」
「ああ、あいている。ぜひ伺うよ。シモン、誕生日プレゼントは何がいい?」
「やったー!ちちうえ、絶対ぜったい約束だよ!プレゼントはねえ…」
そういうと、シモンが食事中だというのにアベルにちょこちょこと駆け寄って耳元で何かをささやいた。アベルが顔を真っ赤にしている。
「シモン、それは今年の誕生日プレゼントだと急すぎる。もう少し待ってくれないか。」
「お行儀が悪いわよ。二人でなにこそこそしているの?」
「…男同士の秘密だよ。」
秘密の誕生日プレゼントってなにと思いつつ、食後は商会に戻った。食休みの後、次はちちうえに剣術を教えてもらうんだとシモンは張り切っていた。
評価や感想いただけますと執筆の励みになります。
よろしくお願いします。




