3. 悪役令嬢トリオと攻略対象者
16歳で学園に入学してから、ヒロインが編入するまでは割と平和だった。私は騎士志望のアベルの稽古をみるのが好きだった。アマリリスのお屋敷でキッチンを借りてお菓子を作っては剣術の稽古をしているアベルに差し入れた。このお菓子作りは前世からの唯一の趣味で、私のレシピのほとんどは前世で覚えたものだ。中にはこの世界に存在しないお菓子もあるらしく、アベルは珍しがりながらも、いつもおいしそうに頬張っていた。休みの日には遠乗りもしたし、王都の街でも遊んだ。テスト前は勉強が苦手なアベルのためにまとめノートを作って勉強を教えた。わたしとアベルは誰の目にも相思相愛だったと思う。
一方、ヴィクトル殿下とアマリリスの方は初めから険悪だった。ヴィクトル殿下の婚約者がすぐに決まらなかったのは彼が移り気だったせいもある。学園に入ってからの彼はよくモテたし、ここぞとばかりに女子生徒を侍らせた。それをアマリリスがよく思うわけもなく、初めこそ頻繁に口論もしていたが、悪役令嬢トリオで事業を起こしてからはそれもどうでもよくなったようで、相手にしなくなった。
実はヴィクトル殿下は第二王子だ。第一王子であるアレクサンドル殿下は王と愛妾の子だが正妃の子であるヴィクトル殿下より先に生まれたため、当時ちょっとした醜聞になった。いつのまにかアレクサンドル殿下は"病弱"ということでその身を隠され、ほとんど表舞台に姿を現さなくなった。実際は王太子の指名まで王妃派貴族からしょっちゅう命を狙われていたため、乳母であるルテル宰相夫人によって匿われている。学園にもルテル伯爵家次男 マルセル ルテルとしてこっそり変装して通っており、ヴィクトルルートの大事なサポートキャラになっている。
ゲーム上、このシークレットキャラを攻略対象者として出現させる条件は厄介だ。ヴィクトルルートで途中まで好感度を上げてから、それを下げないといけない。これは裏設定で、アレクサンドル殿下の初恋の人がアマリリスで、アレクサンドル殿下からアマリリスを奪うためにヴィクトル殿下がわざとアマリリスを婚約者に指名したという経緯があるからだ。ヴィクトル殿下とヒロインの好感度が下がる、つまりヴィクトル殿下とアマリリスが仲睦まじい姿を見せるようになると、アレクサンドル殿下はアマリリスの幸せを願い、自らは身を引き、同じく失恋したヒロインに目を向けるようになる。私はこの裏設定をアマリリスに話した。アマリリスの立場であれば、移り気なヴィクトル殿下と無理に仲良くするより、アレクサンドル殿下に乗り換えて、公爵家の後援で王太子に祭り上げた方がいい。アマリリスはこのアドバイスを聞いてほくそ笑んだ。
アマリリスと義弟のエミールの仲も悪くない。ゲームでは両親が亡くなって公爵家に引き取られたエミールを王太子妃教育で疲弊したアマリリスが罵倒しまくり、いびりまくるのだが、もちろんそんなことはしていない。サヴォイア兄妹も、本来のシナリオでは学園入学前にネモフィラが誘拐され負った怪我の後遺症が兄妹関係を歪なものにするのだが、悪役令嬢トリオで誘拐事件自体を未然に防いだため至って普通の兄妹だ。テオドールが若干ナルシストという点を除いて。
二年生の途中でヒロインのロベリアが編入して、乙女ゲームのシナリオが始まると、私達の平和な日常も終わりを告げることになる。