4. 俺の子 (side アベル)
『バー・ローズ』でリリと再会したあと、何度かフルール商会の経営するバーやカフェに訪れたが、結局リリには会えなかった。バーの店主にリリのことを聞いたが、うまくはぐらかされた。諜報員の二コラにも、リリは俺に警戒しているようだから、まずは自分が近づきますと言われてしまった。とりあえずこの前、バーの店主が言っていた権利侵害の届け出が握りつぶされた件に関しては、早急に調査が必要そうだ。
自室で輸出品の税関記録の確認作業をしていると、カーテンの隙間から日の光が差し込んできた。今日は晴天だ。カーテンを開けると、中庭でラウルが少年に剣技の稽古をつけているのが目に入った。ああそうか、診察日で彼は非番か。それにしてもあの子は誰だろう?ラウルは独身のはずだ。よその子が入ってこれる場所ではないから、他の騎士隊員の子息だろうか。確認作業に一区切りつけて、休憩がてら中庭にでた。
「よう、ラウル!」
「ボナパルト大佐、お疲れ様です。」
ラウルはもともと第四騎士隊で俺の部下だった。平民の出身だが騎士学校を出ており、剣術にたけた騎士だった。残念ながらブロワ領で魔獣に襲われ、右足が不自由になり、こちらの部隊に転属になった。ラウルの隣に少し不思議そうな顔をして濃い茶髪に青い瞳の少年がこちらを見つめ立っていた。ラウルが慌てて紹介した。
「あ、この坊主、ネモフィラ先生の隠し子、いや知り合いの商家の子だそうで、騎士隊の練習風景をみたいって言って、いつもネモフィラ先生にくっついてくるんですよ。なんで非番の俺が直々に稽古をつけてやっています。」
と、ラウルが冗談っぽく得意げに言った。ネモフィラと少年の容姿は似ても似つかないし、浮いた噂の一つもないネモフィラだ。本当に知り合いの子なのだろう。
「シモンです。よろしくお願いします。」
「へえ、シモン君か。年はいくつだ?」
「5歳です。もうすぐ6歳になります。」
小さい割にしっかりしていると思ったら、年齢に比して小柄なようだ。
「剣術は好きか?」
「はい!ははうえを守る騎士になりたいです。」
「それは頼もしいな。私も稽古をつけてやろう。」
「ありがとうございます。」
何回か素振りをさせ、当たり稽古もつけてやる。
「おい坊主、もう息が上がったのか。そんなんじゃ騎士学校に入れないぞ。まずは体力作りからだな。」
「はっはい!頑張ります。」
ふと、シモン少年の左腕につけられた物騒な腕輪が目に入った。
「坊主、魔力持ちなのか?」
「はい!実はネモフィラ先生に魔法を教えてもらってるんです。」
シモン少年が少しはにかんだ。ネモフィラが魔法の先生ねえ。たとえ魔力が暴走しがちだとしても、魔力封じの腕輪なんてよくつけさせるな。"魔力封じ"とはいうが、魔力単体を封じこめるものではない。魔力と一緒に人の生命力まで封じ込めてしまう。罪人用拘束具だ。
「おいラウル、平民の子で魔力持ちだと、魔力封じの腕輪をつけさせられるのか?」
「俺の家族に魔力持ちなんかいないんで聞かないでくださいよ。」
そりゃそうか。でもこの少年がすぐに息が上がってしまうのはこの腕輪のせいだろう。
「坊主、ネモフィラに魔法を習っていることは、属性は光なのか?」
「いえ。ぼくは、火の魔法が使えます!」
「じゃあ、おじさんと同じだな。」
火属性なら、俺と同じ属性だ。仮に魔力が暴走してもこの歳の子どもが起こす暴走ならすぐに止めることができる。一旦腕輪を外してやるか。幸い腕輪には囚人用のロックがかかっていない。するりと外れた。その瞬間、少年からあふれ出た魔力がきらきらと宙を舞い、頭髪の色が濃い茶色から燃えるような赤い色に変わった。魔力によって色が変化する頭髪。これはあまり知られていないがうちの血族ボナパルト家に特有のものだ。なぜこの少年が?それにしても5歳とは思えない魔力量だ。ちょうどタイミングよく、診察を終えたネモフィラが中庭にやってきた。
「ア、アベル君、なぜ君がここにいる?ブロワ領の任務が終わって、また王都勤務に復帰したと聞いたが。」
いつも冷静沈着なネモフィラが、珍しく血相を変えて、声も少し上ずっていた。
「ネモフィラ嬢、久しぶりだな。こっちで特命の任務があってな。それより、この少年うちの血縁じゃないか?親は何者だ?」
「すっすまない、アベル君これは見なかったことにしてくれ。オブリビオン!」
ネモフィラの杖からまばゆい光が発散されたが、すべて俺の耳元のピアスに吸収された。
「んぬ?!」
「このピアス、アレクサンドル殿下にもらったもので、中級程度までの精神魔法を防ぐんだ。一体何の真似だ、サヴォイア大尉!それに先ほどの質問に答えろ。この子は誰の子だ?答えなければ、上官に精神魔法を使ったことを職務違反として君の上司に報告するぞ。」
さっきまで騒がしかった中庭が静まり返る。しばしの沈黙を破り、ネモフィラが口火を切った。
「…我が親友、リリアーヌ ブロワの子だよ。父親が誰かはお前の方がよく知っているんじゃないか?」
ネモフィラがまるで汚いものを見るかのように侮蔑の眼差しをこちらに向けた。
「…ネモフィラせんせい?」
シモンがネモフィラを見つめ少し震えていた。これ以上はこの子の前で話をするべきではないだろう。
「ラウル、非番で申し訳ないが、この子を見ていてもらえないか?」
そう言って一旦シモンを抱き寄せ、過剰になっている分の魔力をできるだけ吸い取ってやった。
「あ、いやそんな。大丈夫っすよ。もともと俺がシモン君に遊んでもらってたんで。」
ラウルがにこっと笑って、シモンに話しかけた。
「行くぞ坊主。」
中庭には、俺とネモフィラが残された。
***
「先ほどは声を荒げてすまなかった。だが、詳しく話を聞きたい。あの子は...俺の子だろ?リリはまさか妊娠をきっかけに失踪したのか?なぜリリは...リリは俺に何も教えてくれなかったんだ...。」
「失踪前何度も話そうとしたが、君が聞く耳を持たなかった。それだけだ。魅了の呪いが解けた後、子どもの件はさすがにまずいと思って、王太子妃殿下と私で何度も彼女を説得した。でも君の仕打ちがよっぽど頭に来ていたんだろうね、何を言っても無駄だったよ。」
「…あの件は本当に愚かだったと思っている。リリと喧嘩した後に、彼女にやさしくされかわいいと思ってしまったんだ。アレクサンドル殿下曰く、俺は精神魔法の影響を受けやすいらしい。このピアスもそれでもらったんだ。魅了が解けてからリリを思わない日はなかった。…リリとやり直したい。子どもがいるならなおさらだ。」
「リリーが君を許すかどうかは私には分かりかねる。」
「あの子は火属性だ。いくらリリが風属性であの子の魔法が制御できないからって、魔力封じの腕輪を着けさせるなんて…。」
「今はきつくても、魔力の扱いは私が教えている。もう少し大きくなって体力がつけば、自分で魔力が制御できるようになるはずだ。」
「もうすぐ6歳だろ。それにしては背が低すぎる。魔力と一緒に生命力まで抑えこんで成長に影響が出ているんじゃないのか。それにお前の主属性は光のはずだ。火属性があっても光魔法のように巧みには扱えないはずだ。」
「それはあの子の保護者に直接言ってくれ。私は既に何度か言った。リリーは…リリーは君に息子を奪われることを一番恐れているんだ。」
「俺はリリからシモンを奪い取りたい訳じゃない。ただ俺があの子の父親なら、その役割をきちんと果たしたい。」
「一ついいことを教えてやろう。マール伯爵の嫡男パスカル卿が先日余命宣告を受けたらしい。伯爵としては姪のリリアーヌにマール伯爵家をついで欲しいそうだ。リリアーヌの行方不明届が出されてもうすぐ7年だ。その前にリリアーヌ ブロワとして名乗り出るだろう。シモン君に関しては、パスカル卿とリリアーヌの実子として届け出ようとしている。これでマール伯爵家は次代の跡継ぎの心配もなくて安泰というわけだ。」
「は!?」
俺は言葉を失った。




