3. シモンの家庭教師 (side ネモフィラ)
シモン君は生まれつきかなり魔力が強い子だ。母であるリリアーヌ自身も魔力量が高く『風使いの神童』と呼ばれていたから、これはある意味必然だ。ただ少々運が悪いことに、母子で属性が違う。魔法には全属性で共通する構造や理論もあるが、とても基本的な部分でその扱い方が全く異なる。生まれつき二属性持ちの私だから言えることだが、その違いはまるで異言語を話すかのようだ。
ある日、リリアーヌからどうしても頼みたいことがあると切り出された。
「最近シモンがとうとう魔力暴走を起こして手が付けられなくて。私風属性だから、シモンに魔法のコントロールをうまく教えられないのよ。」
子どもの魔力は二次性徴が始まるまで徐々に増える。魔力の成長に体力が追い付かない二次性徴前の子は魔力を暴走させやすく、特に攻撃力の高い火属性や氷属性では、自傷他害の恐れがある。同じ属性の親が近くにいる場合、できる限り魔力を吸収してやることで、未然に魔力暴走が防ぐことができる。親に基本的な魔力の扱い方を習い、ある程度自分の体力がついてくると、自分だけでも魔力をコントロールできるようになる。
平民にも突然変異なのか、はたまた貴族の御落胤なのか、稀に強い魔力を持つ子が生まれる。魔力を持たない平民の子が魔力を暴走させた場合、属性を同じくする貴族に引き取られる運のいい子も中にはいるが、多くは学園入学までの間『魔力封じの腕輪』を装着させられる。魔力封じの腕輪は魔力単体を封じ込めるものではなく、装着者の生命力も一部封じてしまう。犯罪を犯した貴族を拘束する時にこの腕輪を装着させるため、我々からするとあまりいい印象がない。魔力を封じられたシモン君も、燃えるような赤毛が濃茶に変わっていた。
「5歳で魔力暴走とは随分早いな。それでシモン君に『魔力封じの腕輪』を着けざるを得なかったわけか。で、頼みというのは?」
「2週間に1度で貴女はこちらに来るでしょう?その時に基本的な魔法の使い方をシモンに教えてもらいたいの。いずれ魔法学園には入ることになるでしょうから、難しい魔法は教えなくていいんだけど。個人的にはこのまま私の商会を継いでもらいたいし。」
我が母校、ルミエール魔法学園はたとえ将来魔法職に就く気がなくとも、魔力があるものは原則通わなければならない。とはいえ、王国随一の教育機関だ。魔法以外の授業もたくさんあるし、平民なら特待生も取りやすい。学ぶには良い環境だ。
「わかった。だが私は光魔法が得意なんだ。火の方は本当に基本的なことしか教えられないよ。」
「いいのよ、それで。ありがとう!」
***
はじめて魔法を教え始めたとき、シモン君は5歳になったばかりだった。
「ネモフィラせんせい、よろしくお願いします。」
意外にも親バカのリリアーヌが家庭教師をつけまくっているらしく、少し大人びた印象のある子だ。
「魔法については知っていることは?」
「ははうえが風属性、ぼくは火属性です。」
「そうそう。君は火の魔法が使える。じゃあ、まず魔力の流れを意識してみよう。この腕輪は一旦外す。」
魔力を帯びたシモン君の髪の毛が、燃えるような赤毛に変わる。そういえば魔力で髪色が変色するってあまり聞いたことがない。おもしろい現象だ。
まずは火魔法の基本的な部分を教える。回数を経るごとに全身の魔力の流れをつかんでいったようだった。さらに意図的に魔力を集中させて魔法を放つことも教えた。イグニッションやファイアボールといった簡単な火魔法はすぐできるようになった。
***
「ネモフィラせんせい、このあと沿岸騎士隊の診察行くの?」
「ああそうだよ。そっちが本業だから。」
ある日、興味津々といった様子のシモン君に声をかけられた。
「ぼくも行きたい!ははうえを守る騎士様になりたいんだ。」
ん?多分君の母上は誰かに守られなくても十分強いし、君には商会の方を継いで欲しいみたいだけど。。。そうは思いつつ、どうしてもというので一応侍女のアンヌに許可をとって、連れて行くことにした。
騎士隊の稽古の邪魔をしてはいけないから、診察の間は自分の手伝いをさせることにした。診察終了後に少し稽古をみせれば満足するだろう。
「せんせい、カルテ」
5歳でちゃんと文字が読めるのは家庭教師の教育の賜物か。意外と優秀な助手だ。
「おう、かわいい助手さんだな?ネモフィラ先生の隠し子か?」
「馬鹿をいえ。そんなわけないだろ。」
診察を受けている騎士のラウルが軽口をたたく。この騎士は魔獣討伐の際に右足を魔獣に噛まれた。足の形はなんとか残ったが、機能が完全回復しなかった。現在はマール沿岸警備騎士隊に配属されており、私の定期診察を受けている。
「ぼっぼく、騎士様になりたいんです!強い騎士様になってははうえをお守りしたいんです。」
「おお、そうかそうか、坊主!今日は非番だから俺が稽古をつけてやる。借りていってもいいか?」
「ああむしろ助かる。ありがたいよ。」
ラウルはシモン君が気に入ったようで、その日以来、非番の日にシモン君を見かけると稽古だといって一緒に遊んでくれるようになった。




