6. 懊悩 (side アベル)
リリだ。間違いなくリリアーヌだ。
ポニーテールにしていた明るめの茶髪は、短くボブヘアになっていたが、間違いなく彼女だ。
「…生きていてよかった、…元気そうでよかった。本当に本当に。」
久しぶりに会ったら、まず自分の愚行を謝りたかった。けれど、死んだと思っていた彼女が、生きていてくれたこと、元気にしていてくれたことが、ただただうれしくて、謝ることすら忘れてそうつぶやいた。
「ローズ、今日はもう帰る。」
彼女に謝りたい。そう思ってすぐ彼女の後を追ったが、転移魔法を使ったのか、彼女が飛び出した扉の先に、もう誰もいなかった。
***
その日の夜、一人で考えた。おそらく、学園を去ったあと母方の実家であるマール伯爵家を頼って、匿ってもらっていたのだろう。そして平民籍を作って事業を始めた。
失踪に関しては正直、不自然に思う部分がいくつかあった。まず、人一倍まじめで貴族としての責任感も強かった彼女が、なぜ失恋を契機に実家にも帰らず、学校を去ったのかということ。次に、どうして今も名乗り出ず貴族であることを隠しているのかということ。それに、マール伯爵家の対応も不思議だ。ブロワ侯爵家から連絡がいっているはずなのになぜ彼女を隠し続けたのか?
彼女とやり直したい。自分でも図々しいと思ったが、そう思わずにはいられなかった。誠心誠意謝ったら許してくれるだろうか、いや謝ること自体、彼女からすればただの俺の自己満足かもしれない。それに、ブロワ侯爵家は異母妹のエリカが引き継ぐことになるだろうし、フルール商会はこの地で今一番勢いのある商会だ。今の俺と彼女の間には以前あった"政略"すらないのだ。
ずっと好きだった。ずっと会いたかった。今日元気そうにしている彼女をみて安堵した。でも次は、また彼女に愛されたいだなんて、尊大な願望を頂いてしまった。本当に愚かだな、俺は。
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