3. 諜報員のニコラ (side アベル)
アレクサンドル殿下からの特命については、まず第五騎士隊から派遣されているニコラ シャロン少佐と打ち合わせをした。彼は闇属性で知られるシャロン子爵家の三男で、彼自身も闇魔法を駆使して諜報活動を行っている。少しべったりとした黒髪から覗く赤い目がきらりと光る。
「初めてましてだな、ニコラ シャロン少佐。よろしく頼む。」
「ボナパルト大佐、お噂はかねがね。私のことはニコラと。」
情報を整理しつつ、ニコラの話を聞く。密輸に関わっている貴族というのはレニエ子爵とネール男爵だそうだ。レニエ子爵は子爵側の有責で奥方と離縁後、奥方の実家と結ばれていた事業提携の多くが終了し、今は借金で首が回らないそうだ。一方、ネール男爵はもともと商会経営で一財をなした新興貴族で、金で爵位を買ったと噂されるほどだったが、現在かつての勢いは失速、一方で飛ぶ鳥を落とす勢いのフルール商会を目の敵にし、そのコピー商品の販売を行っているらしい。さらに魔道具や武具の生産で有名なレニエ子爵家に目を付け、軍事魔道具の密輸に手を出した。もはや手段選ばずといったところなのだろう。
下調べの大部分は終わっているようだったが、軍事魔道具の輸出は国家反逆罪だ。相手も貴族のため今は慎重に証拠を集めているとのことだった。
「ありがとう。今後はどう進めていくつもりだ。」
「密輸の方は証拠隠滅が丁寧に行われていて、なかなか尻尾を出さないんです。なので別件をまず捜査しようかと。」
「つまりコピー商品の方か。」
「ええ。フルール商会の会長は若い平民の女性です。レニエ子爵は何とか彼女を取り込もうと、強引に口説いたり、人目を憚らずパーティーで求婚したりしているそうですよ。」
「なんと、節操がないな。」
「こちらは彼女と彼女の商会は被害者と考えていますが、もしかすると、軍事魔道具の密輸に関わっている可能性もあるので、慎重に動いています。まずは彼女に近づき、状況を確認して、コピー商品や権利侵害に対する被害届を出してもらう。令状が出ればネール男爵家の家宅捜索を行う予定です。」
「フルール商会の会長とは既にコンタクトを取っているのか?」
「いえまだ。とても警戒心の強い方で、完全な部外者が彼女とコンタクトを取るのは難しいんです。マール伯爵家とも親密で伯爵の愛人だとも噂されていますし、下手な形で彼女に手を出すと伯爵家を敵に回す可能性があります。」
「そうか、領内で行動するにあたってマール伯爵家の協力は不可欠だからな。」
「フルール商会は複数飲食店を運営していて、彼女もたまに視察で顔を出すようなので、まずはそこを狙ってこちらの目的を伝えずに近づこうかと思っています。」
なるほど、フルール商会会長の『リリー』という人物はこの前のカフェにも顔を出すことがあるのか。いつか通い続ければ、もしかしたら彼女に会えるかもしれないと淡い期待に胸が躍った。




