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9. アベルの5年間 (side アベル)

学園卒業後、半年間は『魅了の呪い』の精神的な影響があるかもしれないといわれ、領地で謹慎になった。リリがいなくなったのは自分のせいだ。心の中にぽっかり大きな穴が開いた感じがした。もしかするとこれが呪いの精神的な影響とやらなのかもしれない。心の空虚を埋めるために、無心で剣術の稽古を続けたが、何も変わらなかった。


部隊への配属は魔獣討伐を主とする第四騎士隊に志願した。危険が多いため人気のない部隊だが、リリがもうこの世にいないのなら、せめて人の役に立ってから、少しでも胸を張ってリリのもとに行きたいと思った。魔獣討伐において魔法が使える騎士は重宝される。階級なんてどうでもよかったが、戦果をあげる度にどんどん昇級した。


同じく『魅了の呪い』にかかったヴィクトル殿下は、廃太子になった後、王位をかけて正式な決闘を行いアレクサンドル殿下に敗れた。この国の王族で、王位継承権が与えられる条件の一つは光属性である。ヴィクトル殿下が純粋な光属性なのに対し、アレクサンドル殿下は二属性持ちで主属性が光、副属性が闇だ。どう考えても二属性持ちの方が有利なので、初めから勝負あったのかもしれない。光魔法は直接的な攻撃力は弱いが、浄化の力があり、魔獣退治や結界張り、傷病者の手当に長けている。アレクサンドル殿下が王太子に指名されてからは、ヴィクトル殿下が第四騎士隊に従軍することが増えた。臣籍降下後は、騎士団の何らかの要職に就くことが期待されている。


ある日、ブロワ領で大型魔獣のスタンピードが起こり、隣国による人為的スタンピードが疑われた。領主自ら討伐に向かったが、右腕を失って戦闘不能になったため、第四騎士隊に援軍を求めてきた。ブロワ領は、もともと俺が婿入り予定だったリリアーヌの実家だ。リリアーヌの父親は、氷の騎士と呼ばれる氷魔法の使い手で、王都でもその名を知らぬものがいないくらい強者だった。その彼が率いるブロワ領は盤石だと言われ続けていたが、ブロワ領からの思わぬ援軍要請を受け、第四騎士隊に激震が走った。


援軍に派遣されるまでの寸暇を、他の隊員たちは遺書を書き直したり、家族との思い出作りに充てたり、思い思いに過ごしていた。その中で自分だけは全く別の緊張感に囚われていた。リリの失踪後、ブロワ侯爵に会うのは今回が初めてだ。そういえば、昔リリが父親は軍人らしい軍人であまり家庭を顧みないとこぼしていたな。ブロワ家はリリの失踪後、異母妹のエリカに婿を取って領主に据えようと考えているらしい。うちの親もブロワ侯爵から、失踪したリリの代わりに異母妹のエリカとの婚約を打診されて断ったと言っていた。


***

援軍要請から一週間後、第四騎士隊はブロワ侯爵領に到着した。一番驚いたのは、リリアーヌを虐げていた義母のカサブランカが先日離縁を言い渡され、既に家を追い出されていたことだ。今年魔法学園を卒業したというエリカは天真爛漫さはそのままだが、自己本位な部分は鳴りを潜め、侯爵家を支える覚悟が芽生えたようだった。


「お久しぶりですわ()お兄様。お父様がお話ししたいことがあるそうで、わざわざお呼び立てしてすみません。」


久しぶりに会ったエリカにちょっと嫌味な言い方をされ、ブロワ侯爵の私室に案内された。報告では右腕を落としたとあったが、足にも大けがをして、今はほぼ寝たきりなのだそう。まさに満身創痍だ。


「よく来てくれた、アベル君。」


「ブロワ侯爵、リリアーヌのこと、本当に申し訳ありませんでした。俺の学園時代の態度は愚かでした。彼女をたくさん傷つけて...、彼女が失踪したのは全部俺のせいです。」


「頭をあげてくれ、アベル君。娘が姿を消したのは君だけのせいではないよ。私は自分がこうなるまで、この家の状況が全く見えていなかった。知ろうとしなかった。彼女はこの家に居場所がなかった。だからいなくなったんだ。」


「俺がちゃんとしていれば、あんな変な呪いにかからなければ...。」


「そういえば、君はまだリリアーヌとの婚約を正式に破棄していないそうだね。彼女は彼女の母親のところに行ったんだ、もう戻らない。そろそろリリアーヌのことは忘れて、君は君の人生を生きなさい。」


ブロワ侯爵はかつて氷の騎士と呼ばれたのが嘘のように穏やかな口調でそう告げた。


***

ブロワ領のスタンピードの制圧は、隣国からの進軍も重なり難航を極め、多くの死傷者を出した。第三騎士隊の援軍もあり、なんとかブロワ領を守り切り、隣国との停戦条約も締結できた。俺はここでの戦果が認められ、王都帰還後、第四騎士隊副隊長に昇進し、階級も大佐に昇級した。さらに当代限りの騎士伯も叙爵(じょしゃく)された。


一方ヴィクトル殿下はエリカと恋仲になり、一旦ブロワ領に残ることになった。殿下はたぶんエリカみたいな天真爛漫な子が好みだ。元婚約者のアマリリス王太子妃とはあまりにタイプが違う。ブロワ領は昔から魔獣が多く出る土地で、光属性の殿下とは相性もよい。最近は本気でブロワ侯爵家を臣籍降下先として考えているとの噂もある。


王都への帰還後、王太子アレクサンドル殿下に呼び出され、謁見の機会を得た。殿下に会って直接話すのは卒業式翌日の取り調べ以来だ。殿下がストレートヘアの黒髪をかきあげると紫色の瞳が覗いた。光の加減か紫眼が気味悪く光り、なにかを見透かされているような感覚を覚えた。


「ボナパルト大佐、ブロワ領のスタンピードの制圧と隣国との交戦ご苦労だった。それと第四騎士隊副隊長就任おめでとう。君とは学園の同級生だし無礼講でいいよ。これ最近マールで流行っているカステラってお菓子、おいしいからぜひ食べて。」


カステラ...?これは確かリリが異国のお菓子に着想を得て、思いつきで作ったというお菓子だ。目の前に並べられたカステラを見て少し動揺する。


「ありがとうございます。では早速頂きます。」


味も全く一緒だ。懐かしさに涙目になるのを何とかこらえた。


「でさあ、ヴィクトルとブロワ侯爵家のエリカ嬢ってどうなの?エリカ嬢、結構わがまま娘なんでしょ?ヴィクトルとうまくやれているの?」


殿下がいきなりぶっこんでくるんで怯んでしまう。


「エリカ嬢は天真爛漫な方ですが、ブロワ家の人間としての責務、責任に以前よりも真摯に向き合われていると思います。殿下も天真爛漫な方がお好きなのでお似合いなのではないでしょうか?」


「おおそれは良かった!お互いわがままだとうまくいかないんじゃないかって俺心配してたんだよ。ここだけの話、ヴィクトルがこのまま辺境のブロワ領にいてくれると助かるんだよね。いつまた決闘しようなんて言ってくるかわからないじゃん。だいたいさ天真爛漫なのが好きなら、なんではじめアマリーを婚約者指名したんだろうね。本当にはた迷惑な人だよ。」


臣下として返答に困ることを次々に言う。


「で、カステラはどう?うまいよね!毎日食べたいよね!でさ本題なんだけど、このカステラが売っているマールで、いま軍事魔道具の密輸が取り沙汰されていてね。君にそれを調査してもらいたんだよ。」


え、本題そっち!?びっくりしすぎて、カステラをのどに詰まらせそうになる。


「第四騎士隊は、魔獣討伐部隊です。軍事魔道具の密輸でしたら、諜報が専門の第五騎士隊か、隣国との抗争に特化した第三騎士隊にご相談を...」


「でも、君カステラ好きでしょ?だったら適任だよ!マール沿岸警備騎士隊に派遣って形にしておくから、調査よろしくね!」


殿下は飄々としてつかみどころがないように見せて実は非常に切れ者だ。学園で起きた魅了事件で呪いの存在に気づき、最終的に解決したのはこの人だ。多分今回の件も何か考えがあるんだろうけど、あまりに強引だ。唖然としながらも、頂いたカステラはきれいに完食した。

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殿下、強引…。
アベル君? カステラを完食したんだな。 まぁ大丈夫そうだ。
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