8. オネエの憤怒
シモンと夕食を済ませた後、週に一度は私が経営している大衆居酒屋兼バーの『バー・ローズ』に顔を出すようにしている。ここはマール沿岸警備騎士隊の支部に近く、客の多くが騎士達だ。店長はいわゆるオネエで男色家のシルヴァンだ。でも本名のシルヴァンと呼ぶと怒るので、みな彼をローズと呼んでいる。
もともとローズは『ビストロ フルール』のソムリエだった。酒の知識も豊富で、技量もあるのに周囲とのいざこざが絶えない。調べると彼のオネエ言葉が原因だと分かった。従業員には互いに寛容に対応するように注意できても、客はそうもいかない。接客時はオネエ言葉を控えるよう指導したが、やっぱり独特の雰囲気があり、一部の客から嫌がられた。
昔ローズは王都のバーで働いてことがあるらしく、カクテル作りなども一通りできた。いっそ、オネエ言葉を活かした方がいいのではと考えて、新宿二丁目のゲイバーに着想を得て彼のバーをオープンさせた。もともと話し上手で聞き上手、面倒見がいいローズはレストランのソムリエとしてよりも、バーテンダーの方が彼の持ち味を活かすことができた。騎士隊支部の近くに店を構えたため、毎日選りすぐりの若い騎士たちが店に集う。このことが、彼のモチベーションアップにもつながっている。最近、騎士隊の中に彼氏ができたらしく、すこぶる機嫌が良い。
「あら?リリーたん、せっかくきれいなお顔が台無しよ。なんか悩み事?」
「そんなに分かりやすいかな?私。」
「もしかして、レニエ子爵さまのこと?あんたと私で隠し事はなしって、言ったじゃない?悩みだったらいつでもいくらでも聞くわよ!」
そういうあんたも騎士隊の誰が彼氏なのか教えてくれないじゃんと思いながら、つい笑ってしまう。レニエ子爵は最近私に執拗に求婚してくる隣領の領主だ。遊び人として有名で前の奥様には不倫が原因で離縁されたと聞いている。
「あまり他人に聞かれたくない話だから、店が終わったら話すわ。あそこのテーブルの注文とってくるわね。」
「かしこまり~♪」
やっぱり、ソムリエは辞めさせて良かったと、彼の口癖を聞きながら思う。
***
「はぁい、ギムレット!で、どうしたのよ。リリーたん。」
閉店後、帳簿のチェックを終えると、ローズが私のお気に入りのカクテルを作ってくれた。無類の酒好きの私が作ったこの世界だ。前世で私が愛した酒がある。ちょっと迷ったけど、彼は口が堅いし、信頼はできる。この時点で、リリアーヌ ブロワとして名乗り出ることはほぼ自分の中で決定事項だったから、要所要所をぼかしながら話した。
「リリーたんがご貴族様だったなんて!やっぱりあんたの立ち居振る舞いは、その辺の安い女と違うと思っていたわぁ~。あんたが領主様になるの私は大賛成よぉ!でも、あんたがコブ付きなのは知っていたけど、まさかそんなことになっていたとはね!」
「妊娠する前は、まさか浮気されて婚約者に捨てられるとは思わなかったのよ。あの頃は若かったわね。」
「ご貴族様の常識って私ら庶民にはよく分からないけど、クズだわクズ!!レニエ子爵もだけど、どうしてリリーたんはこんなにカワイイのにクズ男ばかり引っかけちゃうわけ~!?パワースポットでラッキーエナジー充填するわよ!行くわよパワースポット!」
そういえば、マール領を観光名所化するのに、既にある観光地のいくつかを勝手に『パワースポット』って呼んで宣伝したんだっけ。。。
「多分、そういう命運なんだと思う。もう跡継ぎの子どももいるし仕事に生きるわ。」
「あんたぁ、それじゃあ女が腐るわよぉ~?騎士隊に誰かいい人いないか、マイダーリンに聞いとくわ♡」
「ああ!もう騎士はこりごり。前の婚約者は騎士家系なの!」
「はぁ~?騎士道の風上にも置けない男ね!本当にクソだわ!」
ローズが騎士道を語るのがおかしくて、つい笑ってしまった。
「わ・た・し・は!とにかく頑張っているあんたに幸せになってもらいたいのよぉ~!早くいい人見つけなさいよ。ダメ男かどうかは私が判断してあげるから!」
ローズはブレない。恋愛至上主義者だ。