5. 精霊の言葉
商会で商談を済ませると、決済の書類がたまっていた。なんとかきりのいいところまで仕事を片付け、シモンと夕食を食べるために邸に戻ると、夕焼け空に怪しげな雲の一群をみつけた。
「明日は荒れそうね。来たれ、ヴェントス!」
風の精霊 ヴェントスが姿を現す。人に姿をみせるときは人に形を似せるそうだが、透き通るほど白く血の気のない肌と中性的で整いすぎた顔貌は、逆に人外の存在だという印象を与える。長い緑色の髪で結われた一本の三つ編みが風に揺らめく。
「我が創造主、なに用かな?」
「海上の雲行きが怪しいの。海が荒れる前に、あの辺の雲を消してちょうだい。」
ヴェントスは私の前世のことも知っているから、私を"創造主"と呼んでいる。私が子ども時代に精霊契約を締結できたのも、実はこの辺が影響している。
「承知した。」
ヴェントスが雲に向かって何やら呪文を唱えると、跡形もなく夕雲は消えて、沈みゆくまん丸の夕日が大海原に口づけをした。
「主よ。何を悩んでいるのか。」
精霊は、人智を超えた存在でありながら、契約者の心の機微に敏感だ。
「私もそろそろ貴族に戻ろうかと思ってね。シモンをどうしようかと考えているの。おじさまは従兄のパスカル兄様と私の間にできた子にすればいいと言うのだけれど…。」
「主よ。あの子は『火の子』だ。主は創造主であるが、今は人間だ。主であっても『火の子』を『風使い』にすることはできないよ。」
パスカルも私も風属性。属性は親から遺伝することがほとんどだ。もちろん例外はあるが。シモンが風属性であれば、風属性に替えられたら、どれだけよかったことか。
「『風使い』は自由自立を好むが、『火の子』は集いいつか大火になることを望む。風には風の摂理があり、火には火の道理があるということだ。」
ヴェントスはちょっと哲学的な言葉を残して姿を消した。