1. 穏やかなマール
潮の香りをのせて、そよ風がふわりと頬をなでる。マール伯爵家に貸して頂いた港町の別邸は小高い丘の上にあり、とても見晴らしがよい。マール港はもともと漁港として有名だが、漁船だけではなく外国籍の商船も多く並ぶ。港町もどこか異国情緒を漂わせており、最近はわが国随一の交易都市として名をはせている。またマールは観光地としても知られ、この丘の上には貴族や豪商の別荘がいくつも並んでいる。
今日は、この別邸にマール伯爵が、息子のシモンの顔を見たいといって遊びに来ていた。
「シモン元気そうだな!」
「おじさまもお元気そうで何よりです。ははうえ、ともどもお世話になっております!」
そう言って、シモンは深々とおじぎをした。もうすぐ6歳になるシモンは年の割におとなしく、少しませている。
「リリーも元気そうだね。君がこの土地に来てから、大時化が無くなってみんな喜んでいるよ。ここの領民は漁業を生業にするものが多いからね。君と『風の精霊 ヴェントス様』のおかげだな。」
「ふふ。伯父様にはいつもお世話になっているもの。このくらいはお安い御用だわ。」
風の精霊 ヴェントスは私の契約精霊だ。精霊との契約は莫大な魔力量と卓越した技能を要すと言われ、9歳でその契約を果たした私は当時『神童』と持て囃された。精霊契約の最大の利点は、契約した精霊の力を用いて、人智を超えた魔法が扱えるようになることだ。風の精霊であるヴェントスの場合、天候をも操作できる。今でこそとても穏やかなマール港だが、もともとは時化やすく、領民達を悩ませていた。私がこの土地に来てから嵐や大時化が一切ないのは、伯爵夫妻へのせめてもの恩返しだ。
「今日はリリーに折り入って相談があるんだ。中に入って少し話さないか?」
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