61.謝罪とりんごの花束タルト(後編)
調理場の中は俺とサラとシャーロット、それに数名のメイドが控えているだけで、他の料理人たちは姿を消してしまっている。
王女がいる場に同席するのは不敬だということで、どこかへいってしまったらしい。まあ、そりゃそうか。何かあっても困るからなあ。
そんなこととはつゆ知らず、二人はお互いのエプロンを直しあったり、三角巾を巻いてあげたりと、この時間を楽しんでいるらしい。
「それで、今日はなにを作るのですか?」
シャーロットの声に頷きながら、俺は調理場の中に保管されていた食材を吟味していた。幸いないことに、「あるものは自由に使ってもらって構わない」と料理長から声をかけられているので、比較的なんでも作れるわけなのだけれど。
エドワードを待たせるわけにもいかないので、時間的なことを考えつつ調理に移りたい。で、なおかつ、華やかなお菓子を作るわけだ。……結構な難易度じゃないか、これ?
うーんと考えながら視線を動かしていると、真っ赤なりんごが木籠に盛られているのが目について、俺はひらめいた。
そうだ、りんごを使って、“あれ”が作れるじゃないか。
レシピを頭の中で思い出しながら、りんごをいくつか手に取った俺は、サラとシャーロットを呼び寄せ、調理を開始するのだった。
***
まずはタルト生地を焼こう。
常温のバターと砂糖、塩を白っぽくなるまでよく混ぜたら、卵黄を加えてさらによく混ぜる。振るった小麦粉とアーモンドパウダーを加えて生地を作り、保冷庫でしばらく休ませるのだ。
その間にカスタードクリームを作ろう。シュークリームでも作っていたし、おなじみの工程だ。
卵黄と砂糖をよく混ぜ、そこに小麦粉を加えたら、鍋で熱していたミルクに投入する。バターを加えながらよく混ぜて、型に移し、冷やし固めたら完成だ。
ちなみに。
エドワード家は保冷庫のためだけに、氷魔法を専門とする魔法使いを料理人としているそうで、お金持ちはやることが違うなあとか思っていたのだけれど、サラとシャーロットに言わせたら「普通」だそうだ。……普通って一体なんだろうな……? お兄さん、思わず遠い目になっちゃったよ。
それはさておき、調理に戻ろう。
冷やしたタルト生地は薄くのばし、円形の型へと敷き詰めていく。フォークで底に穴を開け、膨らみ防止のための重しを乗せたらオーブンでこんがりと焼いていくのだ。
焼き上がったタルト生地を冷ましている間、りんごの調理に移るぞ。
りんごは半分に切り、芯を取り除いたら、薄切りにしていく。
鍋に薄切りのりんご、砂糖、バター、レモン汁を加え、りんごが柔らかくなるまで煮詰めたら火から下ろして粗熱をとるのだ。
「で、ここからがポイント。よく見ておいてね」
サラとシャーロットに声をかけながら、俺は煮詰めた薄切りのりんごを一枚手に取って、くるくると巻き始めた。
「食べ物で遊んではいけませんことよ?」
「遊んでいるわけじゃないんだよ。こう、くるくると巻いたりんごの外側に、さらにりんごの薄切りを巻き付けていくんだ」
くるくる、くるくると巻き付けていき、ある程度の大きさになったら、上部分を軽く広げてやる。
「これはお花……? お花のように見えます、先生!」
「そうそう。りんごで花を作る手法なんだ」
「素敵です! 私もやってみていいですか?」
「どうぞ、たくさん作っておいてくれると助かるよ」
サラとシャーロットが和気あいあいとりんごで花を作ってくれている間、俺は仕上げの作業に移ろう。
熱を取ったタルト生地に、冷やしたカスタードクリームを敷き詰めていく。盛りすぎるとりんごをのせた際にクリームがあふれてしまうので、敷き詰める量には注意しよう。
その上に、りんごで作った花を乗せて飾り付けていく。サラとシャーロットの作った花は大小様々なサイズになったけれど、かえって花束の趣が出ていて美しい。
花と花の間にできた隙間にはカスタードクリームを隠すようにしてハーブを差し込む。適度な緑で花の葉を演出してくれる。
最後にりんごの花の開き具合を微調整したら、りんごの花束タルトが完成だ!
***
「美しいですわ!」
「さすが先生です! りんごでお花を作ってしまうなんて……!」
感動の面持ちで花束タルトを眺めやるサラとシャーロット。見た目はもちろん、味も保証付きなので、是非とも試食してもらいたいところだけれど。
二人が手伝ってくれた共同作なのだ。エドワードにお披露目してから切り分けることにしようか。
「む。美味しそうな匂いにつられてきたが、ずいぶんと綺麗なケーキを作ったのだな」
レオノーラが調理場に姿を現したのはまさにその時で、示し合わせたかのようなタイミングの良さに、俺は半ば呆れたようにレオノーラに視線を向けるのだった。
「試食はまだだぞ? 皆が揃ってから切り分けるんだからな」
「……そうか。そうなのか……」
明らかにがっくりと肩を落とし、うなだれるレオノーラ。お前は本当に食べ物のこととなると目の色が変わるよな。
「ところで、イザベラさんに連れて行かれたけど、なにしてたんだ?」
花束タルトから気をそらせるため、それとなく疑問を投げかけてみると、レオノーラは息を吹き返したように姿勢を正し、それから胸を張って応じた。
「ふふーん。母上からこれをもらったのだ。よく見るがいい」
そう言って、差し出された小箱を開ける。そこには美しい装飾の施された見事な指輪が収まっていて、俺は指輪と近い将来、妻になる女性を交互に見ながら、問い尋ねた。
「これってもしかして……」
「そうだ、結婚指輪だ。母上が作ってくれていたらしい」
「そうなんです、透さん。イザベラおばさまったら、私の分の指輪も作ってくれていたんですよ」
「幼き頃から、こういう日がくると思っていたもの。準備しておくにこしたことはないでしょう?」
声に出しながらエリーとイザベラが調理場に姿を表す。恐縮の様相で、小箱を見つめながらエリーはさらに続けるのだった。
「とはいえ、レオノーラだけならまだしも、私まで準備していただくのはなんだか申し訳ないです……」
「なんです、水くさい。血はつながっていないとはいえ、あなたのことも実の娘のように思っているのよ。親に遠慮する必要なんてどこにもないの」
「おばさま……」
「透さんの結婚指輪もこちらが仕立てるのでご心配なく。後日、職人を遣わせるわ」
「俺……いえ、私もよろしいのですか?」
「ええ、我々は家族になるのだから。受け入れていただけると、私だけではなく、エドワードも喜ぶわ」
断言するイザベラに心から感謝の気持ちを抱いていた最中、「ああ、そうそう」と思い出したように、イザベラは再び口を開いた。
「詳しい話はエドワードをまじえてになるけれど、挙式の準備も進めようと思っているの」
挙式については俺も考えないといけないなと思っていたので、相談させてもらえるのは実にありがたい。
……と、そんなことを考えていたのだが。この後のイザベラの一言が思わぬ波乱を呼ぶことになるのだった。
「挙式と披露宴。どちらもうちの屋敷で開くことで問題ないわね?」




