50.プレゼントとむかごの炊き込みご飯(後編)
それから歩くことしばらく。
そよ風に乗って漂う香りが複雑なものになりつつあるなと思っていると、目の前の光景に変化が出始めた。軒先に様々な食料品を扱う店が見えてきたのだ。
目に鮮やかな赤色やオレンジ色の果物が文字通り山盛りになっていて、店主の姿を探すのも困難なお店や、様々な葉物野菜を扱うお店、あるいはジャガイモだけを取り扱う店などなど。
料理に携わっている身としては、見ているだけでも十分に楽しい。どうやら食材を扱う区画の入り口付近は、主に生鮮食品を販売しているようで、むかごを売っているお店もすぐに見つかって入手することができた。
これで一応目的は果たせたわけだけど、せっかく食材の宝庫とも呼べる場所にきたのだから、いろいろ見て回りたいと探索を続行。
そのまま奥へ奥へと進んでいくと、今度は様々な肉や海産物などを扱うお店が増え始めた。
とはいえ、“海なし国家”の悲しいところか、取り扱う商品は干物や酢漬けばかりで、鮮魚の姿は見えない。
「ウチで扱っているのは隣の国から仕入れたものだからね。魚なんて、輸送日数を考えたら、ここに来るまでに腐っちまうよ」
鮮魚は無いのかという落胆が伝わったのか、俺の様子を見やって、店主は両手をあげてみせる。そりゃあそうか、魔法でも使わない限り輸送は難しいよなと思いつつ、それでも海の魚の干物が食べたいと、俺は並べられた商品の数々に視線を落とした。
お? このアジっぽい干物とか美味しそうじゃないか? 脂ものっているみたいだし、お土産がてら買って帰ろうかな。
で、これくださいと呟こうとした瞬間、値札を見て俺は仰天したわけだ。
(……ちょっと待て、……え? ゼロの数が二つばかり多くないか???)
そうなのだ。干物とはいえ、海産物。隣の国から運んでくるのに相当費用がかかっているのか、むちゃくちゃ高いのだ。
さすがに財布の中身を空にするわけにはいかないと、商品を見せてくれたことへの感謝を伝えてきびすを返す。
すると、がっくりと肩を落とした俺を見かねたのか、去り際に店主が声をかけてくれたのだった。
「干物を欲しがるってことは、お兄さん、コメ好きかい?」
「……? お米、ですか? ええ、まあ好きですけど、どうしてわかるんですか?」
「海の魚の干物にはパンよりもコメが合うっていうのが、オイラの持論でね。この先で、知り合いがコメを扱ってるんだが、良かったら見て行ってくれよ」
それはありがとうございますと頭を下げて、俺は店主が指した方向へと足を向けた。お米ならニーナから仕入れているので、取り急ぎ必要とはしていないんだけどなあ。
しかしながら、ほどなくして俺は自分の考えを撤回させることとなる。
***
「米だ……」
やがて紹介されたお店にたどり着いた俺は、店先で感動に打ち震えた。
「正真正銘の日本米だ……」
それは普段食べている米より小粒ながらも、ぷっくりと丸みを持っているのが特徴で、元いた世界でいうところの日本米とまったく変わらないものだったのだ。
「……? コメならいつも食べているだろう? 今更なにが珍しいんだ?」
俺の様子をおかしいと思ったのか、エリーと顔を見合わせて、レオノーラが呟いた。そうかあ、米の違いがわからないとそういう感想になっちゃうよねえ。
いや、違うんだよ。食感も味も香りも、全部が別物なんだよな。とはいえ、どう言葉を尽くしても食べてみないことには伝わらないわけで。
無力感にさいなまれながらも、それでもどうにか日本米の魅力を伝えてみる。その熱意は二人よりもむしろ女店主のハイエルフに伝わったようで、女店主は俺の手を取り、感動の面持ちで口を開いた。
「貴方、この短粒米の素晴らしさがわかるのね!? エルフ族の中には、粘り気があって水気を含むお米を嫌う人も多いのだけれど。人間にもこのお米の良さがわかる人がいて嬉しいわ!」
女店主曰く、エルフ族のごく一部の中で、日本米に限りなく近いお米を育てている農家がいるのだが、最近は売れ行きが芳しくないため、米の品種を切り替えるところがほとんどだそうだ。
こちらの人たちの味覚に合うのは、あっさりさっぱり食べられる長粒米だということで、粘り気のある米は不人気らしい。うわー、マジですか、そりゃあもったいないなあ。
「でもねえ、これも時代の流れだと思うのよ、私は。そりゃあ、いまと違って昔は食べるものも少なかったし、贅沢も言えなかったけれど。最近はいろいろなものが出回っているから、好みも変化するんじゃないかしらねえ……」
少しさみしそうに女店主のハイエルフは呟いた。ちなみにこのハイエルフ、御年八百歳だそうで、それはそれは言葉に重みがある。
とはいえ、時代の流れや嗜好の変化だけで、日本米が無くなってしまうのはあまりにも惜しい。個人的に言えば、長粒米よりも短粒米のほうが圧倒的に好みだからなあ。
日本米を長く育ててもらうために、なにかできることはないだろうか? エルフたちに受け入れられる米料理があればなあと思い悩みながら、俺は手に持った木籠の中身を見やって会心の笑みを浮かべた。
「よかったら、ここにある短粒米、全部譲ってもらえませんか?」
「そりゃあ構わないけれど。こんなに買ってどうするつもりなんだい?」
いぶかしげに首をかしげる女店主に、俺は木籠の中に入った大量のむかごを見せつけて、さらに続けた。
「エルフの皆さんにも受け入れられるような、米料理を作ろうと思うんです。こいつを使ってね」
***
今回も宿屋の調理場を借りて料理を作るぞ。
まずは、野菜くずと鶏がらでスープを作る。お米を炊く際、水代わりに使うので塩味は加えない。じっくりと出汁を取ったら、冷ましておくのだ。
次にお米を研いで、吸水させておく。こちらの世界は精米技術があまり発展していないだろうから、米研ぎは念入りにやっておこう。
むかごはよく洗って水気を切っておく。油でからっと揚げたい気持ちはあるけれど、ここはぐっと堪えて、炊き込みご飯を作ろうじゃないか。
鍋に研いだ米とむかごを加え、野菜くずと鶏がらで取ったスープを注ぐ。適量の塩を加えて軽く混ぜ合わせたら、蓋をして火にかけるのだ。
まずは中火、中の水が沸騰したら弱火でじっくりと炊いていく。再び、火を強めて数分経ったら、鍋を下ろし、十数分蒸らす。
すべての素材にしっかりと熱が通ったら、むかごの炊き込みごはんの完成だ!
***
「ん? いつものコメと違って、もちもちしているな。だがクセになる」
「むかごとおコメってこんなに合うものなんですね? スープで作ったから、香ばしい風味もあって……」
ガツガツと炊き込みご飯を頬張るレオノーラと、スプーンで一口ずつ食べ進めるエリー。二人の反応からすると、炊き込みご飯は好意的に受け取られたみたいで一安心だ。
欲を言えば、鶏がらだしじゃなくて昆布だしで作りたかったんだよなあ、炊き込みご飯。残念ながら海産物を扱うお店に干し昆布がなかったので、方針転換せざるを得なかったんだけど、それでもどうにか美味しく作れたので、とりあえずは満足だ。
問題は……。この炊き込みご飯がエルフたちに受け入れられるかどうかってところなんだよな。
「この種類のコメは久しぶりに食べるねえ? 昔は結構出回っていたみたいだけど……」
皿に盛られた炊き込みご飯を前に呟くのは宿屋の女将だ。エルフ族を代表して試食をお願いしたのだけど、反応と言えばあまり良いとはいえない。
「いやね、別に嫌いって訳じゃないのよ。ただ、このコメが、あまり好みではないというか」
世間ではそれを嫌いと言うんじゃないですかねと思いつつも、なんとかなだめすかし、とりあえず一口だけでもと説得してみる。
数秒のためらいののち、ようやく炊き込みご飯を口に運んだ女将は、顎を何回か動かした後、瞳をぱちくりと動かして、すぐに酒場の主である夫を呼び寄せた。
……え? どうしよう? 口に合わないとかで文句を言われるのだろうかと身構える間もなく、駆けつけた夫に炊き込みご飯を勧めるのだった。
「いいから食べてみなよ、アンタ! 眠気が吹き飛ぶ美味さだよ!」
よかった……。美味しかったのか……。それにしては激しいリアクションだったので、拒絶されたのかとびっくりしちゃったよ。
奥さんに勧められるまま、おっかなびっくり炊き込みご飯を口にした酒場の主も、これを気に入ってくれたらしい。
「すぐに店で出そうっ」
鼻息荒く、そう言って、調理場に残っている炊き込みご飯を酒場へと持って行ってしまった。
「ああっ!? 私の分の炊き込みご飯が……」
名残惜しそうな眼差しを向けるレオノーラはさておくとして。酒場にいる酔っ払いのエルフたちにも炊き込みご飯は好評のようだ。
「うめえうめえっ!」
「これだけで店が出せるぞっ!」
炊き込みご飯を平らげながらワインを飲み干す姿には、説得力があるのかどうか疑問符をつけたいところだけれど。
ともあれ、この分だったら、単粒米の需要も増えていくに違いないと内心でガッツポーズ。農家の皆さんが引き続き日本米を育ててくれることを期待したいところだ。
「もしもの話ですけれど……。エルフの皆さんに炊き込みご飯が受け入れられなかったら、どうするつもりだったんですか?」
盛り上がる酒場を眺めやりながらエリーが問いかける。……う~ん、それはあんまり考えてなかったかなあ。日本米は美味しいし、受け入れられるって自信があったからなあ。
でもまあ、もし、受け入れられなかったら、そうだな。
「その時は、ウチの店専属で育ててもらうつもりだったね」
「あのおコメをですか?」
「そうそう。俺が食べるようにね」
断言する俺をキョトンと見やって、やがてエリーは声を立てて笑うのだった。
「ごめんなさい。透さんもレオノーラに負けず劣らず食いしんぼなんだなって思ったら、つい」
「ええ? さすがにあそこまでじゃないだろ」
視線の先では、ふらふらと酒場に足を運び、酔っ払いに混じって、むかごの炊き込みご飯を頬張るレオノーラがいる。あれと一緒にされるのはちょっと……。
「いいえ、似たもの同士だと思いますよ」
「……そうかなあ」
「そうですよ。……ちょっとだけ、うらやましいかな」
消え入るようなエリーのささやきは耳に届かず。俺は俺で、あの大食いと一緒なのかということに軽いショックを覚えるのだった。
食に対するこだわりって持っていたほうがいいと思うし……、だから、ドンマイ、俺。




