49.プレゼントとむかごの炊き込みご飯(前編)
エルフの街、滞在三日目。
自宅への帰宅日でもある本日は、一ヶ月に一度開かれる市場へ出かける予定となっている。
ダークエルフのアレクシアの話によると、水流広場の三区画離れた先に大規模の市場が設けられるとのことで、王都にはないような食材や調味料が見つかるんじゃないかと個人的にも楽しみで仕方ない。
というのも、昨夜、宿屋に併設された酒場にて、ちょっとした発見があったからである。
ゼリーサラダを食べながら、エルフたちがわいわいと談笑する光景をなんとなく眺めやっていると、やがて店主が運んできた料理に、俺の知る食材が使われていたのだ。
それは大豆ぐらいの大きさをした薄茶色の物体で、極小サイズのジャガイモのようにも見えるのだけれど、実は山芋の一種である“むかご”だったのである。
なんでも、むかごはエルフたちにとってはなじみ深い食材で、こちらの世界では“モリノイモ”と呼ばれているらしい。
塩茹でされたむかごは酒場の定番メニューで、元いた世界の居酒屋で言うところの枝豆みたいなポジションだそうだ。茹でればすぐに提供できるし、酒にも合うからなあ、納得だね。
とはいえ、エルフたちになじみ深くとも、王都では見かけたことがない。ミーナの店でも扱っているなんて話を聞いた試しはないし、相当珍しいんじゃないかと思ったら、エルフの街近くではそれはもう大量に採取できるそうな。
聞けば、市場に行けば安価で手に入るとのことで、これはもう、ゼリーの木の実と併せて帰宅前に入手しておきたい。
むかごは揚げても美味いんだよなあ……。油でカラッと香ばしく揚がったむかごに、塩をぱらりと振りかける。熱々のむかごを口に放りこんで、ホフホフと忙しく口を動かしながら、ビールを一気に流し込むのだ。
くぁ~~~~……! 想像するだけでたまらん! キンッキンに冷えた日本酒もいい!
……こういう時の想像力だけ、クローディアが憑依したような気分になるな。いやっ、俺は適度に酒をたしなんでいるから、あの駄女神とは違うはずだっ。
こほん、ともあれ。
むかご以外にも欲しい食材が見つかったら儲けものである。期待に胸を膨らませつつ、俺はエリー、レオノーラ、ラテを伴って、市場へと出かけるのだった。
***
「マリウスさんとアレクシアさんは一緒ではないのですか?」
道すがらエリーが口を開いた。この二日間行動を共にしたハイエルフとダークエルフは、パフェ祭りの後処理に追われているらしく、残念ながら同行を断念したのだった。
「馬の世話も任せていただろう? 俺たちが帰る頃合いを見計らって、ジョセフィーヌたちを連れてきてくれるってさ」
「ジョセフィーヌ……。もうしばらく姿を見ていない感じがするな……。早く会いたいぞ」
そう声に出しながら、手にした肉の串焼きを頬張るレオノーラ。もぐもぐと口を動かす様はおおよそ説得力が欠けていて、俺はため息交じりに問いかけた。
「どこで買ったんだ、その串焼き」
「そこの露天だ。市場が近いからか、食べ物の露天が多くて、実にいい。……おっと、あっちの露天は果物を串に刺しているのか。興味深いな、ラテさん、食べに行こう」
「にゃあ」
言うやいなや、黒猫をお供にレオノーラは露天商へと足を向ける。まったく……、今日の目的を忘れるなよと突っ込みたいところだけれど、そんな俺の心中を察したのか、エリーはクスクスと笑いながら、いいじゃないですかと口を挟んだ。
「市場もすぐそこみたいですし。多少寄り道したところで、食材も逃げたりしませんよ」
「そりゃそうだけどさ」
「あっ、ほら、透さん。噂をすればってやつです、あそこ見てください」
そう言ってエリーが示した先には、『中央市場』と書かれた看板が掲げられていて、たくさんの人々が行き交う姿が見える。
俺は両手に果物串を持った女剣士を呼び寄せると、はぐれないようラテを肩に飛び移らせて、市場の中に入るのだった。
***
中央市場はいくつかの区画に分かれていて、それぞれに雑貨や日用品、あるいは衣服などを取り扱っているのが見てとれる。
食材を取り扱う区画は一番奥にあるらしく、俺たちはおのぼりさんよろしく、見ただけで楽しい様々な品揃えを眺めやりながら目的の場所を目指すのだった。
「あら? なんでしょう、これ」
ふとエリーが立ち止まった店先にはネズミや魚を模した小さなぬいぐるみや、色とりどりのチョーカーが並んでいて、日用品にしては違和感を覚える。
「ああ、これは猫専用のものを取り扱っているんだ。お兄さんの愛猫にもどうだい?」
視線に気づいたハイエルフの店主が口を開くと、ラテを見やっては上機嫌に口を開いた。
「我々にとって猫は神聖な生き物だからね。快適に暮らしてもらうための品物も取り扱っているってわけさ」
「ああ、これは猫用のおもちゃと首輪でしたか」
「食事用の器もあるよ。よかったら見ていってくれよ」
話しながら店主が取り出したのは、大理石で作られたという豪華な器で、いくら猫が神聖な生き物とはいえ、これはやり過ぎなんじゃないかと思えるものだった。
「えーっと……、ラテさんや。これでご飯食べたい?」
「んにゃあ……」
明らかに乗り気でなさそうな黒猫の鳴き声に、俺は内心で安堵した。そりゃそうだ、猫にしたって落ち着かないだろうさ。
「にゃ、にゃー」
代わりにと言わんばかりにラテが反応したのが首輪で、その中でも赤色をしたものを指し示すように前足を動かしては、「これが欲しい」と訴えるように鳴き声を上げるのだった。
「にゃにゃあ」
「首輪したいのか?」
「にゃ」
「ふふふ、ラテもおしゃれに目覚めたのかしら?」
店主が差し出した首輪をエリーが受け取り、ラテに着けてみせる。黒色の毛並みに赤が映えてよく似合い、ラテもまんざらではなさそうな表情を浮かべるのだった。
「にゃあ、にゃにゃあ」
「うんうん、よく似合っているぞ、ラテさん。かっこいいな」
「にゃ」
「満足しているみたいなので、これをください」
「はい、毎度あり」
支払いを終えた俺は、首輪をつけて上機嫌のラテの頭をなでてから、他に面白そうなものはないかと隣接する店先へと視線を移した。
こちらも猫用の道具などを取り扱っているようで、本当に猫を大切にしているんだなあとか感心していた最中、首輪を売ってくれた店主が笑いながら説明してくれた。
「お兄さん、猫用品を扱っているのは隣の店だけじゃないよ。この先もずっとそうさ」
……は? 雑貨類を扱う区画はまだまだ続いているけど、これ全部、猫用品を扱ってるの? さすがに嘘でしょ?
冗談かと思いつつ、一軒隣、またその隣を訪ねるものの、店先に並ぶのは猫用の食器やおもちゃなどで、本当にこの区画一帯が猫用品を扱う店ばかりなのかと驚いていた矢先、俺はとある店先に並ぶ、綺麗な宝石のついた雑貨類に視線を奪われた。
「これも猫用……?」
思わず呟く俺に、ダークエルフの女店主が呆れるような眼差しを向ける。
「そんなわけないだろう。れっきとした女性向けの雑貨類さ。まあ、こんな場所に構えているから誤解されがちなんだけどね」
やれやれと頭を左右に振った女店主は、俺の背後へと視線を平行移動させてから、あらためてこちらを見やった。
「美人さんを二人も連れているんだ。贈り物の一つや二つしてやらないと、甲斐性がないってもんだよ」
そして「なんか買っていきな」とばかりに木箱を取り出しては、中からキラキラと輝く装飾品を取り出してみせる。
甲斐性がないというのは置いておくとして、確かに日頃お世話になっている二人に対して、感謝の気持ちを伝えるのは大切だなと、心の中で大きく首を縦に振る。
そんなわけで二人を手招きした俺は、エリーとレオノーラになにか気になるものはないかと尋ねるのだった。
「気になるもの、ですか?」
「うん。普段のお礼にプレゼントしようと思って」
「ええっ!? そんな、悪いですよ」
「お嬢ちゃん、男がこう言っている時は素直に受け取っておくほうがいいんだよ。それが礼儀ってもんさね」
「と、言われてもな……。私はあまり華美なものはちょっと」
口にしながらも、レオノーラはチラチラと店頭の商品を眺めやっている。食べ物にしか興味がないと思っていただけに、こういう姿を見るのは新鮮で微笑ましい。
「ほら、エリーも遠慮しないで」
「……えーっと、そ、それじゃあ」
遠慮がちに呟きながら、エリーも商品を眺めやる。そうして女店主が薦める貴金属やら装飾品を次々と手に取りながら、ようやく視線を落ち着かせた先にあったのは、コバルトブルーの宝石が美しいネックレスだった。
「綺麗……」
「気に入った?」
「えっ? えっと、そ、そうですね」
返事に頷きながら、俺は財布を取り出して、女店主にこれをくださいと申し出た。
「いいんですか? 本当に?」
「うん、感謝の気持ちだし、受け取って欲しいな。レオノーラはどうする?」
「そうだな、私は髪留めにしようかな」
エメラルドグリーンの小さな宝石がちりばめられた髪留めを手に取りながら、レオノーラは続ける。
「日頃から身につけられるものだったら、透をすぐ近くに感じられるだろう? だからこれがいい」
……こういう気恥ずかしいことを大真面目な顔で言うんだもん。天然なのか、人たらしなのか、わからなくなってくるんだよなあ。
「わ、私だって、ネックレスだったら、普段から身につけられるしっ。透さんを近くに感じられるものっ」
張り合うように応じるエリー。対抗心を燃やさなくてもいいじゃないかと思うよりも早く、こちらを向いたエリーは、受け取ったネックレスを差し出して呟いた。
「透さんっ、せっかくなので着けてくれませんか」
「え? ネックレスを?」
「はいっ!」
女店主がニヤニヤとした面持ちで、こちらのやり取りを眺めやっている。わかってますよ、着けます、着けますって。
ネックレスを受け取った俺は、エリーの首元に手を回した。プラチナブロンドの髪がふわりと揺れて、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
ドギマギとした胸の内がばれないように、なんとかネックレスを結び終えると、上機嫌に頬を緩ませながらエリーはエヘヘヘヘと笑い声を上げた。
「ありがとうございますっ! 大切にしますね!」
「う、うん」
その時だった。レオノーラがわずかに口を動かす様を視界の端に捉えたのだ。
(……あれ? いま、「いいなあ」って言わなかったか?)
しかしながら確認するよりも早く、平然とした様子で髪留めを手に取ったレオノーラは、ポニーテールを結び直しているのだった。
「ほらっ、透さん、行きましょう」
「そうだな。食材探し、実に楽しみだ」
「にゃあ」
さりげなく俺の手を取ったエリーに連れられて、俺は店を後にする。ラテを抱きかかえたレオノーラがついてくるものの、その表情からはなにも読み取ることができなかった。




