48.コンテストとゼリーサラダ(後編)
それから数分後。
先日訪れた水流広場にもうけられたテーブルの一角に、俺は半ば強制的に座らされていた。卓上には“特別審査員席”という札が掲げられ、広場に集まったエルフたちの好奇な視線が集中しているのがわかる。
視線の先にあるのは、でかでかとした文字で書かれた『第一回・白雪透パフェ祭り』なる横断幕だ。うん、くらりとめまいを覚えるよね。
「……なんです、これ?」
右隣の審査員席に腰を下ろすマリウスに、当然かつ自然な疑問を投げかける。
「今年から始まったパフェ祭りだよ」
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
パフェ祭りだったらパフェ祭りで、わざわざ俺の名前などつける必要なんてどこにもないでしょうが!
そんな心の叫びを察したのか、左隣の審査員席に座るダークエルフのアレクシアが補足する。
「なにをおっしゃいます。透さんのお名前なくしては、パフェ祭りの開催などありえませんよ」
銀縁の眼鏡を指で押さえながら、アレクシアは続けるのだった。
「透さんはパフェの生みの親。いわばパフェの神と言っても過言ではありません。であれば、冠名をつけるのは当然かと」
そんな眼鏡をクイクイやりながら言われたところで説得力がないんだよなあ……。こちらの世界でパフェを最初に作ったのは俺かもしれないけどさ、だからといってこんな祭りにしなくてもよくないかと、ごくごく常識的な一般人である俺は思うわけだ。
「いやいや、そういうわけにもいかないんだな、透君」
マリウスが言うところ、エルフたちは特に名誉を重んじる傾向にあるらしい。たんなる祭りの一環とはいえ、それ相応の人物に認められることをこれ以上ない喜びとしているそうだ。
「秋にはパン祭りなども開催されるけれどね、それにも冠名がついているよ。別に今回に限ったことじゃないんだ」
「話の流れで言うと、パンを作った人とか、凄腕のパン職人を招くって感じですか?」
「いや? 誰かを招いたのは今回が初めてさ。これまでは神話に登場する神々の名を冠名にしていたからね」
だったら俺を呼ばなくってもいいじゃないか! 甘味とかお菓子の神様とかいるはずだろう? そういった神様、そうじゃなくても、身近なところでクローディアを呼んでくれよっ。
「クローディアは、なにかを審査することを面倒に思うからね」
「ええ、その点、透さんは責任感をお持ちですので、こういった場にうってつけですわ」
もはやなにを言ったところで聞いてはもらえないんだろうな……。はあ、わかった、わかりましたよ。名前がついているのも、注目されているのも諦めるとしますよ。
「で? 俺は一体なにをすればいいんです?」
「簡単な話さ。これからパフェのコンテストがあるから、それの審査員になってもらいたい」
なんでもいま、エルフたちの間ではパフェが大ブームだそうで、各地でいろいろなパフェが生み出されては、その見た目と味を競っているらしい。
今回はそんな力作揃いのパフェの中、ナンバーワンを決めようじゃないかとそういう話で、俺がエルフの街に誘われたのも、そもそもこれを開催する前提で準備を進めていた、と。
なるほど。最初から審査員にするつもりで、俺を誘ってたのか。乗馬の訓練とかは建前だったんだなあ……。
とはいえだ。
「エリー、こっちに見たことのない食べ物があるぞっ」
「レオノーラ! このお花きれい! 持って帰れないかしら?」
「にゃ、にゃにゃー」
「お、ラテさん。すっかりこの街の猫たちと仲良しさんだな」
すっかりと仲直りしたエリーとレオノーラ、それにラテがお祭りを楽しんでいるのを見ると、エルフの街に来たのも悪くないかなと思えるわけだ。
仕方ない。招待いただいた手前、ここはひとつ協力しようじゃないかと思い直し、俺はコンテストの詳細について二人に尋ねるのだった。
***
大々的に開催されるものの、パフェのコンテストはいたって普通のものだった。
予選を勝ち抜いた二十点のパフェが次々に登場し、俺を加えた合計八人の審査員が十点満点で得点をつける。一番得点の高いパフェが優勝、と、そういう流れだ。
テーマもある。「美しく、完璧」というのがそれだ。パフェの由来となった言葉を教えたつもりはないけれど、俺が以前に作ったパフェの見た目からテーマが決まったのだという。
そうして始まった『白雪透パフェ祭り』のコンテストなのだけれど、意外にも、これがなかなかに興味深く、個人的にも勉強になるイベントとなった。
こちらの世界の人々は、まず、パフェイコール甘いものという認識を持ち合わせていない。
そんなわけでコンテストに登場するパフェも、肉を使ったものや野菜を使ったもの、あるいはなんだかよくわからない木の実とか、それはもう自由なものばかりで、パフェの概念が覆りそうになるものなのだ。
もちろん、クリームや焼き菓子を使ったものも見受けられ、それはそれで安心して食べられたのだけど……。
ぶっちゃけよう、二十は多いって! 甘いしょっぱいの繰り返しで飽きないけど、食べ疲れるんだよなあ。あとお腹がいっぱいになる。
他の審査員たちはこれだけ食べてもなんともないんだろうかと、視線を水平移動させたら、マリウスとアレクシアだけでなく、他の審査員も揃いに揃って「もう限界」って顔してるし。予選突破させる数が多すぎなんだよなあ。次回以降は見直したほうがいいですよ?
そんなわけで審査する気力が徐々に失われていく矢先、もう何品目かわからなくなったパフェの登場に閉口しながらも、俺はガラス製の器の中に見つけた、とある物体に気力を復活させることとなる。
それは透明な物体を細かく砕いたような見た目をしていて、一見するとゼリーのようにも思えるのだけれど……。
(あれ? でもこっちの世界でゼラチンなんて見たことないぞ?)
疑問に思いながらじぃっと透明な物体を見やる。すると、隣に座るマリウスが俺の視線に気づいたらしく、透明な物体の正体について教えてくれた。
「水分を凝固させる木の実があるんだよ。おそらくそれを使ったんだろうね」
「そんな木の実があるんですか?」
「うん。果汁自体は無味無臭なんだけどね。エルフたちの間ではデザート作りによく使うよ」
「……それ、手に入れることはできますか?」
「もちろん、どこにでも売っているようなものだしね。お望みだったら手配しようじゃないか」
やった! これでゼリーが作れるぞ! コーヒーゼリーを作りたかったんだよなあ!
期待に胸を膨らませつつ、俺は差し出されたパフェへとスプーンを伸ばした。ゼリーが作れるにせよ、まずはコンテストの審査員の責務をしっかりと果たさなければ!
***
その日の夜。
宿屋のキッチンを借りた俺は、例の木の実を手にしながら料理作りに取りかかった。
まずはブロッコリー、ニンジン、タマネギ、トマトなどの野菜を一口大にカットしておく。加熱する必要のある野菜類は茹でて火を通し、ザルに空けて水気を切ろう。
ブイヨンを用意する。今回は宿屋が食事用に作ったものを分けてもらった。塩とこしょうで味を調えたら、例の木の実の果汁を搾り入れてよく混ぜるのだ。
果汁を注いだブイヨンをボウルに移し入れる。粗熱を取り除いた野菜類を見栄え良く加えていき、エリーの冷却魔法で冷やしてもらう。
「あれ、透さん、氷を作るのですか?」
ボウルに視線を移したエリーが液体を見ながら呟くも、俺はそれを否定した。
「氷じゃなくて、ゼリーっていう食べ物だね」
「ゼリー、ですか?」
「うん、とにかく出来上がりを楽しみにしていて」
冷やし固めたボウルの上に、蓋をするように大皿を置く。皿ごとボウルをひっくり返し、中身を取り出したら、ゼリーサラダの完成だ!
***
こちらの世界で初めて作ったゼリーは、多少の不安があったものの見事に固まり、存在をぷるぷると震わせながら、素晴らしい見た目に仕上がった。
早速、包丁で切り分けていく。半透明のブイヨン、色とりどりの野菜が美しいコントラストになって見た目にも楽しい。
さてさて、それでは早速、試食といきましょうか。
もぐもぐもぐもぐ……。……おお? これは、見事なまでに、木の実がゼラチンの役目を果たしているじゃないかっ。
なにより、ゼリーサラダの味がいい! あれだけ様々なパフェを食べた影響で疲れ果てた胃袋にも優しく、あっさりと食べられるのがまたいいね。野菜の歯ごたえもアクセントになっていて、食べていて飽きないというか。
「不思議な食感ですね。水なのに水じゃないというか、口の中でほどけていく感じ……」
初めて食べるゼリーに目を丸くしながらも、エリーはこのサラダを気に入ってくれたらしい。
「レオノーラったら、屋台でお肉ばっかり食べるので、さっぱりしたもので口直ししたいなって思っていたんです」
それはよかった。ゼリーサラダだったらそんなことはないだろうしね。ボイルした鳥のささみも加えようかなと思ってたんだけど、今回は肉なしで正解だったみたいだ。
……そういえば。そのレオノーラはどうしたんだ?
「まだまだ屋台で食べ歩いていますよ……。ラテも街の猫たちに捕まっているみたいで」
そうかあ、まあ、ほとほどで帰ってくればいいんだけどねえ? そんなことを思っていると、今度はエリーが尋ねてきた。
「そういえば、コンテストはどうなったんですか? 審査員をやってらっしゃったんですよね?」
……よくぞ聞いてくれました、エリーさんや。これがもう大変だったんだよ。
審査員がそれぞれにパフェへ一家言あるようで、「自分が考えるパフェの理想はこれ!」と言って譲らないわけだ。
そうなるとどうなると思う? 審査が紛糾するんだねえ。得点なんて関係ないとか言って譲らないわけ。自分たちで決めたルールぐらい守ろうよと、何度も言いたくなったからなあ。
「パフェは甘いものなのだから、肉や野菜を使ったものなど邪道!」
「その固定概念こそ、パフェをダメにするのだ! もっと広い視野を持って」
「むしろ甘いものを使おうという考えこそ古いのでは?」
「笑止! パフェの生みの親を前にして、それを否定するような発言は慎まれよ!」
喧喧諤諤とした雰囲気の中、たんなる置物となっていた俺なのだけれど、その矛先を急に向けられることになってね……。
「特別審査員はどうお考えか!?」
「……へ? 俺?」
「その通り! この際、得点など関係ない! 特別審査員に優勝を決めてもらおうではないか!」
頼みのマリウスもアレクシアも頭に血が上っているのか、冷静さを失っているようで……。
こうなったら仕方ない。現代社会に生きる人間の決断力を見せてやるべく、俺は意を決して立ち上がったわけだ。
「全員、優勝!」
……はい、そんなわけで全員優勝となりました。苦情は一切受け付けませんっ。
とにもかくにもだ。
次回開催があるなら、みんなもうちょっといろいろ考えた方がいいと思う。俺は二度と審査員なんかやりませんがねっ!




