45.お出かけとハンバーガー
ハイエルフとダークエルフの街に乗馬でお出かけ、か。お店も暇だし、魅力的な提案だと思うけれど、気になることがひとつ。
「出かけるのはいいんですけど、到着までにどのぐらい時間がかかるんですか?」
「そうだねえ、いまの透君の騎乗技術を考えると、片道八時間ぐらいかな」
「はっ……!?」
ちょっと待ってくれ、お友だちの家に遊びに行くってレベルじゃないぞ。
「そんなに時間が掛かるなら、それはもう旅行じゃないですか!?」
「宿泊場所は用意してあるからね。心配はいらないよ」
何の問題も無いと言いたげに微笑むマリウス。論点に齟齬が生じてますな……。というか、ちょっと待ってくれ。
冷静に考えてみると、マリウスもアレクシアだけでなく、他のエルフたちも片道八時間かけてウチの店にやってきてくれるのか? それはもう恐縮を通り越して、申し訳ない気持ちになる。
「あ、我々はそんなに時間がかからないよ。せいぜい三時間ぐらいかな」
「馬に加速補助の魔法もかけられますしね。ちょっとした遠出の散策といったところでしょうか」
冷静にアレクシアが応じる。三時間の散策でちょっとした遠出……、俺の感覚とはだいぶズレがあるんですけど……。
いや、そんなことを考えている場合じゃないっ。さすがにいまから宿泊込みで出かけるのは無理というもので、そもそもエリーとレオノーラに黙ったまま店を空けるとか、明日の営業どうするんだとか、そういったことも少しはご考慮願えませんかねとそれとなく伝えると、脇から呼応するように「そうやそうや」と声が上がった。
「透にはウチの酒のアテを作るっちゅう重大かつ神聖な務めがあんねん! 留守中、ウチの世話は誰がしてくれんねんっちゅう話やで!」
「それはもう……、ご自由にどうぞとしか」
「なんや冷たいなあ……。最近はウチなんて、透と酒が飲めないと、身体中に震えがくるっちゅうのに……」
「それは……、健康のためにも、しばらくお酒を控えたほうがよろしいのでは?」
「……ええと、話の腰を折るようで申し訳ないが、いいかな?」
ためらいがちにマリウスが呟くので、俺はどうぞどうぞとジェスチャーで応じた。
「透君の事情はわかった。これから出かけるのが無理だったら、日を改めて遊びに来ないかい? もちろん、エリーとレオノーラも一緒でどうだろう」
「ええ、そういうことなら、ぜひ。あ、ラテも連れて行っていいですか?」
「もちろん、歓迎しますよ。エルフ族の間では猫は神聖な生き物ですからね。ラテが喜ぶようなご馳走を、一杯用意しておきますね」
「にゃあっ!」
「よしっ! 決まりだね!」
話をまとめたマリウスとアレクシアは、今日のところはと、俺に乗馬の訓練をつけてから帰路につくのだった。ちなみに俺たちが乗馬の訓練にいそしんでいる間、クローディアは店で一人、酒をあおっていたのは言うまでもない。
あの人、マジでアクアパッツァのスープで白ワイン二本空けてたからな。店に戻ったときに、ワインを樽で用意しておかなかったことを後悔したもん。
ともあれ。
すっかりアルコールの匂いが漂う店内の窓を全開にして、換気をしていたその最中、仕事に出かけていたエリーとレオノーラが帰宅したので、俺は事情を説明し、一緒にエルフの街へと出かけないかと誘うのだった。
「エルフ族の街なら私も行ったことがあります。とても素敵な場所ですし、お出かけするの楽しみです!」
プラチナブロンドのロングヘアを揺らしながら、前のめりでエリーは応じてみせる。
「街並みも素敵なんですよねえ。王都とはまた違った光景といいますか」
「そうなんだ?」
「エルフ族の街か。それならたらふく甘味と酒が楽しめるだろうな」
腕組みをしたレオノーラが頷き、藍色のポニーテールが左右に動く。
「エルフの作った蒸留酒は一級品だし、甘味にもこだわりがあるからな。これは忙しくなるぞ、透」
「なんで俺まで忙しくなるんだ?」
「……? 私一人で酒を飲むなどつまらないだろう? 当然付き合ってもらうからな」
「二人きりなんて、そんなっ! わ、私も付き合うわよ、レオノーラ!」
「そうか、二人より三人のほうがより美味しく味わえる。そういうことだな、エリー」
「そ、そうっ! そういうことっ! みんなでお酒を飲みましょう、ね? ねっ?」
こちらも認識に若干の齟齬が生じているなと思いつつ、深く突っ込むとやぶ蛇になりそうなので黙っておく。
ちなみに、馬で出かけるのはいいとして、全員でジョセフィーヌに乗るわけにもいかないから、エリーとレオノーラの馬は騎士団に掛け合って用意することが決まった。聞けばエリーの乗馬技術もなかなかなのだという。初心者は俺だけか、そうか……。
「ところで、透」
出かけることよりも、他のことに意識が向いているのか、そわそわとした様子でレオノーラは口を開いた。
「遠出するとなると、休憩する時間が必要になるわけだな」
「片道八時間も掛かるんだったら、そうなるなあ」
「そうだろう、そうだろう。そうするとだ、休憩には当然お弁当の時間も含まれるわけだな?」
「まあ、なにかしら作るとは思うけど……」
「であればだ! 透! 私は肉と魚両方食べたいぞ! どちらも堪能できるようなお弁当を山盛りで作ってくれ!」
肉と魚、どっちもかい。そりゃずいぶんと欲張りなリクエストじゃないかと思いつつ、まあせっかくのお出かけなのでとりあえずOKしておいた。みんなで出かけるのも久しぶりだもんな。
そう思いながら視線を横に動かすと、そこには神妙な面持ちのエリーがいて、どうしたのか尋ねる俺に、聖女は考え込むようにして呟くのだった。
「乗馬に慣れてきたとは思いますけれど……。透さん、その、大丈夫ですか?」
「なにが?」
「長い時間、馬に乗っていると、お尻が……その……」
そこまで言われて、俺ははっとなった。言われてみれば確かに、俺のケツは八時間もの乗馬に耐えられるような作りをしていないわけだ。
「なにか衝撃を和らげるような、補助魔法をかけておきましょうか?」
「……よろしく頼む」
身体のごくごく一部に微妙な不安が残るものの、小旅行は楽しみでしかなく、俺たちはエルフ族の街についてあれこれ話しながら、その日が来るのを心待ちにするのだった。
***
迎えた当日。
早朝三時に目覚めた俺は弁当作りに励み、朝六時には馬にまたがり出発という結構ハードなスケジュールをこなしていた。
というか、この時間に出発しても順調にいって到着は午後二時過ぎになり、さらに休憩時間を考えると夕方に到着するのが現実的なのだ。
着くなら、遅いよりも早いほうがいい。そう意気込んで、朝早くからジョセフィーヌにまたがっては、森を抜け、湖畔を通り過ぎ、さらに別の森深くを進んでいったわけなんだけど……。
ただただ一言、
「ケツが痛ぇ……」
それに尽きる。
なんといいますか、まともに舗装されていない林道を、馬が闊歩することによる上下運動とか振動とかね、あと姿勢を安定させるためのバランス感覚とか、そういったことも相まって、ケツと太ももにクリティカルなダメージがくるのだ。
出かける前にエリーが補助魔法をかけてくれたけど、三時間で悲鳴を上げ始め、四時間経つ頃には限界を迎えてしまった。
「どうした透。まだ半分しか来ていないぞ?」
こちらの様子もお構いなしといった具合で、騎士団所属の馬にまたがったレオノーラが声を上げる。乗り慣れているだけあってか平然とした様子の女剣士をたしなめるように、エリーが口を挟んだ。
「もう、レオノーラと違って透さんは乗馬に不慣れなのよ? ちゃんと考えてあげなくちゃ」
そういうエリーも、乗馬には相当慣れているのか、ケロリとした顔で馬にまたがっている。こうなってくると、かえってこちらがおかしいのかと錯覚を覚えそうになってしまい、俺は慌てて首を左右に振った。
「にゃー……」
ジョセフィーヌにまたがった俺の前側を定位置に、腰を下ろしたラテが心配そうに顔を覗き込む。
「にゃにゃ。にゃあ」
それとなく休憩を進めてくれているようにも聞こえる愛猫の声に、俺は力なく頷きを返すと、エリーとレオノーラに休憩がてら、早めの昼食にしないかと提案を持ちかけるのだった。
「むっ。そうだな。向こうに着いたら、酒と甘味が待っていることだしな。早めに食事を摂り、その分、腹を空かせておこう」
「もう。食べるのはいいけれど、透さんの身体も気にかけてあげて」
そんなことを話しながら、適当な広さの草原を見つけた俺たちは、馬を止めると、四時間ぶりに地上へ足を降ろし、束の間の休憩に入るのだった。
***
この日のお弁当はハンバーガーを用意した。
肉も魚も食べたいというレオノーラのリクエストに応じつつ、持ち運びを考えた結果、これが一番だろうと思ったのだ。
こちらの世界の人々は、ハンバーグに対して抵抗が強い。いわく「そのまま食べたほうが肉は美味しい」、「わざわざ細かくして、さらにまとめる理由がわからない」とそんな具合だ。
とはいえ、いろいろな部位を合わせた牛肉のハンバーグは味わい深いものがある。エリーとレオノーラなら受け入れてくれるだろうと、チャレンジしてみることに決めたのだ。
牛肉は肩の部分とスネの部分を用意した。脂身と赤身をバランス良く混ぜ合わせることで、旨みを引き出すのだ。
まずは用意した肉を細かく叩きながら切っていき、ミンチ状にしていく。二種類のミンチ肉を用意したらよく混ぜ合わせ、薄い円形に成形し、塩コショウで焼いていこう。
川魚でフライも作っておく。こちらはフィッシュバーガー用だ。レオノーラが食べる分を考えて、気持ち多めに揚げておこう。
同じく丸パンを大量に焼き上げておく。割るように横半分にカットしたら、焼き目を付けてバターを塗っておこう。
具材をサンドしていこう。結界栽培で育てたレタス、ローストしたタマネギ、牛肉のハンバーグにマスタードとトマトソースをかけたら、さらに輪切りにしたトマトを乗せる。
軽く抑えたらビーフハンバーガーの完成だ。
フィッシュバーガーはシンプルに作ろう。レタスに魚のフライとチーズを乗せて、タルタルソースをかける。軽く挟んだらこちらも完成である。
あとはバスケットにこれでもかと詰め込み、特製ハンバーガー弁当のできあがりだ!
***
「美味いっ!!! 冷めているはずなのに、肉がジューシーでとても美味いぞ、透!」
初めて食べるハンバーグにも関わらず、さして抵抗もなくレオノーラは大きな口を開けてはハンバーガーにむさぼりついた。
シャキシャキのレタスととフレッシュなトマトがハンバーグの旨みをより引き出しているようで、子どものような無邪気な笑顔を浮かべながら、女剣士は感嘆の声をあげる。
「肉だけだとしつこい感じを覚えるが、野菜が一緒だと無限に食べられるな!」
「そりゃよかった」
「ミンチした肉の料理はどうかと思ったのだが……、牛肉の美味いところを一度に味わえてお得感もあるし、言うことなしだっ!」
ご機嫌にハンバーガーを頬張るレオノーラを横目に、俺はどうしているかと言えば、隣に寝そべってはエリーに回復魔法をかけてもらうのだった。それもケツに手をかざしてもらって、だ。
「ゴメンよ、エリー……。こんなことを押しつけて……」
「任せてください、透さん! 回復魔法は得意ですので!」
「いや、そうじゃなくて……。こんな野郎のケツ相手に回復魔法とか、嫌でしょ?」
「好きでやってることですからっ。むしろ、服の上からじゃなくて、直接お尻を見せていただいても……」
それはさすがに恥ずかしいので勘弁してくださいと思っていた矢先、今度はフィッシュバーガーを食べたらしいレオノーラが歓声を上げた。
「魚のフライも美味いぞ、透! このチーズとソースが絶妙で、食欲が倍増だっ」
「そりゃどうも。……あ、悪いけど、ラテのご飯も用意してくれると助かる」
「もちろん、抜かりはないぞ。一緒に食べているからな」
「にゃっ」
よく見ると、レオノーラの横には、茹でたささみを頬張る黒猫の姿が。うん、俺はダメダメだけど、お前はしっかり栄養を付けてくれ。
「お弁当、お持ちしましょうか?」
回復魔法を臀部に当てながらエリーが口を開く。……いや、もう、疲れやら痛みやらで食欲がなくてね、エリーもしっかりとご飯を食べてくれい。
***
……で。それから深い森を進むこと、さらに五時間が経過した。
俺のケツ、二つに割れているんじゃないかなあ、いや、そもそもケツは二つに割れているか、ハハッ、とか、思考が割とヤバいことになりかけていた、そんな折、何やら人影のようなものを視界の先に捉えるのだった。
それは徐々に大きくなっていくと、やがて「お~い」というかけ声とともに、手を振って近づいてくる。
「よかった。遅くなるようだったら迎えに行こうと思っていたのだよ」
「ええ、皆さんご無事で何よりです」
他でもないマリウスとアレクシアが迎えに来てくれたのだ。……あれ? 二人とも徒歩ですか? 馬ではなく。
「それはそうだよ。街はすぐそこだからね」
マリウスが示す先には、よくよく見ると民家のような建物がそびえ、俺はそれすら気付かない自分の疲れっぷりに、我ながら半分あきれかえるのだった。
「まあまあ、とにかくお疲れでしょう? 私たちの街でゆっくり休んでください」
アレクシアはそういうと、ジョセフィーヌを誘導するように前を歩き始めた。
出発からおよそ十時間。
俺たちはようやくエルフの街に到着したのだった。




