28.仕入れの話とトウモロコシのお茶
ミーナとエドガーは相変わらず定期的に足を運んでは、店で使う材料や酒類などを届けてくれる。
最初の頃はこんな場所で営業ができるのかと心配していた二人も、エルフたちが来店する光景を見て安心したのか、お節介と小言の量が減ってきた。
特にミーナは熱心な女神信仰もあってか、いまでは店への配達よりもクローディアへの参拝がメインとなっているようで、俺と顔を合わせるなり「今日も女神様は美しかったよぉ」とか、女神クローディアがいかにありがたい存在かを熱心に説いてくるのだった。
……そのうちボロを出さなきゃいいけどなあ、あの駄女神。
エドガーは店に来るタイミングがよくないのか、いまだにエリーとレオノーラに出会えていない。
美人二人の顔を拝めない無念さを訴えつつ、それでも商売のことは忘れないといった具合で、銀髪と隆々とした身体を誇る酒場の店主は、こちらが注文した酒類の量に眉をひそめるのだった。
「オレが言うのもなんだがな、お前さん、こんな量を仕入れて大丈夫なのか?」
「大丈夫とは?」
「さばききれるのかって、話だよ。商売だからオレとしては助かるが、ワインやらエールやら毎回とんでもない量を届けるこっちの身にもなってみろ」
こんなへんぴな場所で、それだけの酒を必要とする客が本当に来るのか? と、エドガーは不審に思っているらしい。クローディアのイメージを守るためにも、女神様がそのほとんどを飲んでしまうんですよなんて、口にできないのが厳しいところだ。
俺としては『魂の晩餐』やらエルフ族の来客で需要があるんですよとごまかすしかない。まあ、なんで俺があの駄女神のイメージを守らなければいけないのかという葛藤は残るけれど。
とにもかくにも、さばけているのでご心配なくと説得しつつ、エドガーには追加で蒸留酒を頼んでおいた。以前、梅酒とコーヒー酒を作った際に使ったものだ。
本格的に梅酒の量産体制に入ろうと思っているので、これも結構な量を頼んでおいた。なにせ最初に作った梅酒はもう無くなりそうなのだ。
それもこれも、ほとんどをクローディアが飲んでしまったからなのだけど、いや、そう考えると、あらためてあの駄女神の消費する酒量、半端ないな? エドガーが不審に思うはずだよ。
ともあれ。
二人のおかげで仕入れは問題ない。エリーの魔法のおかげで提供できるメニューの幅も広がったし、店としては順調そのものだ。
あとはエリーの言っていたように、お客さんに飽きられることがないよう、定期的に新メニューをお披露目できれば言うことなし! ……なんだけど。
新メニューを開発するにもなかなか苦労するわけで。今回はその一端を話していきたい。
***
「頼まれていたモノ持ってきたけど……。これを本当にそのまま食べるのかい?」
ある日、いつものように材料を運んできてくれたミーナは、木箱を指し示しながら微妙な角度に眉を動かした。
「まあ、アンタが欲しいっていうなら、アタシとしても言うことはないけどさ」
ミーナの声を聞きながら、俺は木箱の中を覗き込んだ。中に入っているのは緑色の皮に包まれた楕円形の野菜、つまりトウモロコシなのだけれど、俺は俺で逆に問い返したい心境なのだ。
むしろなぜトウモロコシを食べないのか、と。煮てよし、焼いてよし、蒸かしてよしの万能食材じゃないか。
炭火で焼いたトウモロコシに醤油を塗り、熱々のそれをかぶりつく。じゅわぁと口いっぱいに広がる甘味と塩味を堪能しながら、そこでキンキンに冷えたビールをゴクリと流し込むのだ! ふはぁっ! これはもう、日本の夏の風物詩といっても過言ではないねっ!
……まあ、こちらの世界には醤油がないので、バターとハーブ塩で代用するしかないだろうけどさ、炭火で焼いただけでも十分に食欲を刺激する一品になるんだぞ? 食べないでどうするんだと問い詰めてやりたいね。
溢れる食欲によだれが流れそうになるのを堪えていると、藍色のポニーテールをした女剣士が黒猫を抱きかかえながら通りかかった。他ならぬレオノーラとラテである。
「うん? 仕入れか、透」
「ああ、ミーナに頼んでトウモロコシを届けてもらったんだ」
そう言うと、レオノーラとラテは顔を見合わせ、それからミーナへと視線を向けた。恰幅のよい女店主はやれやれといった具合に頭を左右に振ってみせる。……なんなんだ、いったい?
「あれだな、透は食いしん坊なんだな」
「レオノーラにだけは言われたくなかったよ……。一応、理由を聞いておこうか」
「トウモロコシを食べようという気持ちが、私には理解できない」
「にゃにゃあ」
同意するようにラテがひと鳴き。 はあ? なんでよ、美味しいだろう?
「どうやらお互いの認識に齟齬が生じているようだ」
とにかく皮を剥いてみるといいと付け加え、レオノーラはトウモロコシを指さした。いや、言われなくとも中身を確認するつもりだったから皮は剥きますよ? 剥くけどさ、それがなんだっていうんだ?
緑色をした皮を剥いていきながら、ようやく中の実を瞳に捉えた俺は、瞬時にミーナとレオノーラが言っていたことを理解し、愕然とした。
緑色の皮に包まれたトウモロコシの実は、すきっ歯のように粒と粒に空間が生じていて、その一粒一粒が痩せ細っていたからだ。
***
「透さん、どうして落ち込んでいるのかしらと思ったら、そんな理由が」
カウンターに突っ伏していると、背後から気の毒そうな声が聞こえた。畑仕事を終えたエリーはレオノーラから事情を聞いたらしく、こちらを励ますように声を上げた。
「元気を出してください、透さん。工夫次第でトウモロコシも美味しく食べられますよ」
「そうだぞ、透。ジャガイモの時と同じように落ち込んでいても仕方ないだろう?」
「にゃ、にゃにゃあ」
レオノーラとラテが続けてみせるが、俺としてはショックが大きく、なかなかに現実を受け入れられないのだ。
だってトウモロコシといえばだよ? 粒がみっちりと詰まってさ、黄色の一粒一粒がぷっくりと大きくてジューシーで……。
それなのに目の前にあるトウモロコシはスッカスカなんだぞ? しかも一粒がこれまた小さい!
こっちはもう、炭火で焼いてかぶりついてやる気満々だったのに、この行き場のない食欲と大量に仕入れたトウモロコシをどうしてやろうかと頭を悩ますのに必死なわけだ。
「……ちなみにだけど」
むくりと顔を上げた俺は振り返って尋ねる。
「あのトウモロコシ。こちらの人たちはどうやって食べるんだ?」
「ほとんどが家畜の餌だな」
一刀両断にレオノーラは断言し、その口を抑えるようにエリーは慌てて付け加えた。
「いえいえ! 美味しく食べられますよ! 乾燥させたものをすりつぶして粉状にするんですっ」
それに水を加えて混ぜあわせたものを団子状にして煮る、もしくは伸ばして焼いて食べるらしい。あー、タコスの生地みたいなやつかと想像していると、またそれとはちょっと違うそうで、レオノーラは顔をしかめて呟いた。
「あれ、美味しいか? 味もなくて、もそもそしていて私はあまり好きじゃないな」
「贅沢言わないの。資金難の修道院ではいまでも主食のひとつなんだから。実際に食べている人の気持ちも知りなさい?」
フォローのようでフォローになっていないエリーの一言が後に続く。どうやら元いた世界のタコスとかを想像していると痛い目に遭いそうだな、これは……。
ともあれ仕入れてしまったものは仕方ない。なんとかして美味しい食べかたを探そうじゃないかと、試しに塩茹でしてみたのだが、これが驚くほどに美味しくない。
なんだろう、粒の皮が厚いのかな? 食感が悪いんだよなあ。トウモロコシにつきものの甘味もあまり感じない。はてさてどうしたものかと、俺は本格的に頭を悩ませ始めるのだった。
「粉状にして料理に使うしかないんじゃないか? 乾燥させれば保存も利くだろうし」
レオノーラがトウモロコシを手に取りながら口を開く。確かにね、話を効いている限りではタコスのような料理はなさそうだし、いろいろな材料を挟んで振る舞うのはアリかもしれない。
「おかゆに使うのはどうですか? 大麦などと合わせれば立派な料理になりますよ?」
「煮て使う、か。みんなそんなにおかゆ食べるかなあ」
「あとはスープに使うとか」
スープねえ。コーンポタージュは俺も考えたんだけど、他の材料を加えたところで素材の良さを引き出せるとは思えないんだよなあ。やっぱりトウモロコシと言えば、香ばしくて甘い素材そのものを楽しみたいっていうかさ。
……いや、ちょっと待て? よくよく考えればあるじゃないか。トウモロコシそのものを楽しむ一品が。
思い立った俺は、トウモロコシの実についた粒をボロボロと取り始めた。なにを始めたのかと訝しむ二人に会心の笑みをたたえる。
「ちょっと考えついたものがあってね。それを作ろうと思うんだ」
「なにを作るんですか?」
「お茶だよ」
応じ返すこちらにエリーとレオノーラは瞳を丸くさせた。
「トウモロコシでお茶を作るんだ」
***
数日後。
すっかりと乾燥したトウモロコシを手に俺はキッチンへと足を運んでいた。このために、実から一粒一粒をそぎ取り、日光に当てて水分を取り除いていたのだ。
それをフライパンにまんべんなく広げてから火に掛け、木べらで混ぜ合わせながら焙煎していく。
「それでお茶ができるのか?」
不思議そうなものを見るようにレオノーラが呟く。
「コーヒー豆の焙煎と一緒だね。大麦とかも同じような感じでお茶にできるぞ」
「大麦もですか? 食べるのではなくて?」
小首をかしげるエリー。そうか、わざわざ食べられるものをお茶にする感覚が、こちらの世界の人たちにはないかと思いつつ、俺は火入れを続けていく。
やがて黄色の粒が茶色に変化すると、辺りには香ばしい匂いが漂い始めた。これこれ! トウモロコシのお茶といえばこの香りだよ! いやあ、食用には向いていないかもしれないけど、お茶としてはバッチリだったんじゃないか、このトウモロコシ。
いままでにない香りにエリーとレオノーラも期待が高まってきたのか、やがてうっとりとした表情で息を漏らすのだった。
「いい匂い……。香ばしくて、それでいて甘くて」
「透、透っ! それ食べられるのかっ!?」
「お茶用だっての! まあ、待ちなさい。まだまだこれからだから」
茶色からさらに火入れをすることしばらく、全体的に黒色になってきたら焙煎は完了だ。
粗熱を取り除いたトウモロコシをティーポットに投入し、お湯を注ぐ。これで数分待てば、トウモロコシのお茶の完成だ!
***
ティーカップに満たされた、ほんのり茶色い液体は爽やかな芳香を店内に漂わせる。鼻腔をくすぐるその香りを楽しむように、ティーカップを口へ運んだエリーとレオノーラは、思わず満足の吐息を漏らすのだった。
「……美味しい」
「いままで飲んだことのないお茶の味だな」
「ええ、ほんのりと甘くて、優しくて……。透さん、私、これ大好きですっ」
「そっかそっか。俺もトウモロコシのお茶は好きだから、うまく作れて良かったよ」
できあがったトウモロコシのお茶は、元いた世界のものとは遜色のない逸品で、俺は出来損ないのように思えたトウモロコシの持つポテンシャルの高さに驚かされた。
「それにしても、まさかここまで美味しく作れるなんて思わなかったなあ」
「これならお店でも提供できますよっ」
「うん、人気が出ること間違いなしだな」
二人から太鼓判を押してもらったこともあり、トウモロコシのお茶はめでたくメニューに加わることが決定。いやはや、一時はどうなることかと思ったけれど、終わり良ければすべてよしってことにしようじゃないか。
「それにしても」
二杯目のトウモロコシのお茶で喉を潤しながら、思い出したようにレオノーラは口を開いた。
「透の話していたほうのトウモロコシ。それはそんなに美味しいものなのか?」
「にゃっ」
熱いものは飲めないので匂いだけをクンクンと嗅ぎながら、ラテがひと鳴きする。そうか、ラテも気になるか。
「そりゃもう、口いっぱいに旨みが広がる野菜だったからなあ。想像しただけでよだれが出てくるっていうか」
「うう……、そう言われると無性に食べたくなってくるな」
「まあまあ、いまのところはお茶で満足しておきましょう?」
「だな」
「スイカやメロンの時のように、もしかしたら、透さんのお話しているトウモロコシが食べられる機会も来るかもしれませんし」
「そうなったらいいけどね」
「ん! では種子を手に入れるためにも『魂の晩餐』を開かなければっ! 今日やろう!」
「準備ができてないだろう? 今度だ、今度」
トウモロコシのお茶を囲みながら、そんな談笑を続ける俺たちはまだ知らなかったのだ。
これからしばらく経った後、本当に、異なる種類のトウモロコシを手に入れることができることを。
とはいえ、それはまた別の話……。




