26.謎の作物とメロンソーダとスイカソーダ
……とはいったものの。
いったいなにがどうしてこんなことになったのか、そもそもの原因を知りたいわけだ。
まさかとは思うけれど、クローディアが時間魔法でもかけたんじゃないかと、俺は一瞬、女神のいたずらを疑ったのだった。
そうでなければたった一晩でこんなことになるはずがない。鬱蒼と茂る茎やら葉っぱやらを観察するように眺めながら、そんなことを考えていると、真横からけだるそうな声が聞こえた。
「ウチかてヒマやないねん。そないなことするわけないやろ」
ひっくと軽いしゃっくりをさせながら、いつの間にやらそばにいた女神の存在に俺は軽く身体をのけぞらせる。
「うわあ、ビックリしたっ。気配を殺して近づかないでくださいよ」
「ぬふふふふ~。たまには女神らしい登場をしよう思うてな」
愉快そうに笑いながらクローディアは青々とした光景に視線を移した。
「ははぁ、こらぁ見事に育ったな。自分、なに植えたん?」
「それがですね、ちょっと訳ありの物でして……」
水滴状の種の入手経路について一通り説明すると、女神クローディアはふんふんと頷き、なるほどなあと応じてみせる。
「ラッキーやったな、透。自分がもろたの、多分、“祝福” を受けた種子やで」
「“祝福” ってなんですか?」
「詳しく説明するのはメンドイっ」
……そこが肝心なんですが、女神様。お願いなので、わかるように教えていただけないでしょうかね?
「うんとな、ごっつ偉い神さんと仲良くしてるとな、その神さんのご加護ちゅうか、奇跡みたいなことがたまーに起きるんよ。うちらはそれを“祝福”いうんやけど……」
その効果は様々で、極端な話で言えば不治の病が完治したり、死者が生き返ったり、あるいは干ばつ地帯に雨をもたらしたりと、常識では考えられない現象などを総じて“祝福”と呼ぶそうだ。
そして“祝福”は現象だけに留まらず、人や物品に宿る場合もあるという。いわゆる勇者と呼ばれる人物は神の“祝福”を受けてその能力を発揮する。
“祝福”を受けた物品で代表的なものといえば、聖剣や聖杯になるらしい。なるほど、確かに、なにがどうして聖剣なのかよくわからなかったけど、神の祝福が宿ったと言われたら説得力があるよなあ。
……で、ここで単純な疑問。
「話を聞いていると、ものすごーくありがたいものに思えるんですが」
「ものすごーくありがたい力やからな」
「……それが種に宿るもんなんですか?」
「宿る宿る。なんや、新種の作物とかは農業の神さんの“祝福”でできたもんがほとんどやで」
儀式に来たのは、さぞかし熱心な農家だったのではないかと推察してクローディアはエリーを見やった。
「悪い霊は集まらないようにしとったんやろ?」
「……え? ええ、そうです。今回は穢れを対象に含めませんでしたので」
「そやったら安心してもええよ。えらい驚いたかもしれんけど、お宝もろうたみたいなもんや。なにができてるか、探してみたらええ」
クローディアの話に耳を傾けていた、その時だった。「にゃ」という鳴き声を上げて、黒猫のラテがとことこと歩き出し、鬱蒼とした茂みの中に入っていったのだ。
「おいおいおい、ラテ。なにがあるかわからないんだから気をつけろよ」
「にゃにゃ、にゃー」
わかっていると言わんばかりの返事を聞きながら、俺は慌ててラテの後を追った。すると、ごそごそという物音を立てつつ、茎と葉の間からラテはひょっこりと顔を覗かせて、なにかを知らせるように鳴いてみせる。
「にゃー、にゃにゃにゃ」
「どうした? なにかあったのか?」
「にゃ」
顔を引っ込ませるラテを探すように、茎と葉っぱを避けていく。やがて、ひくひくと鼻を動かすラテの姿が目に映り、俺は愛猫の名前を呟こうとして……見事に失敗した。
口を開き掛けた瞬間、丸々とした巨大な二つの作物が視界に飛び込んできたからだ。
「にゃ、にゃにゃー」
自分が見つけたんだぞと満足そうな顔で鳴き声を上げるラテ。俺はといえば、呆然とその場に立ち尽くし、まじまじと作物を見やるのだった。
丸々とした一つ目の作物は濃い緑色に黒地の縦縞模様が張り巡らされていて、どこからどう見えてもスイカそのものなのだ。ひとまずそれはいいとしよう。
問題はもう一つの丸々とした作物である。スイカと並んで育っていたのは、緑色にいびつな格子状の模様が刻まれた作物で、どこからどう見てもメロンなのだ。
スイカとメロンが並んで育っているのである。それも一組だけじゃない。茂みをかき分けた先に、たわわに実っているのだ。それはもう、謎でしかない。
考えてみれば、同じウリ科の植物だしなあ。まあ、一緒に育ったところで……問題大ありだわ! 祝福を受けた種だとしてもデタラメが過ぎるだろ!!
……とはいえ、ありがたいことには違い。こちらの世界では探しても存在しなかった果物が、経緯はどうであれ、目の前に存在するのだ。
これでようやくメロンパンがどうしてメロンパンなのか説明できるぞ、とか、そんなことを思っていた矢先、背後からエリーが顔を覗かせるのだった。
「ずいぶんと大きな作物ですね。透さん、育っていたのはそれなんですか?」
「うん、そうみたい」
「見たことのない作物ですね……。食べられるのでしょうか?」
そう言ってエリーはスイカとメロンに訝しげな眼差しを向ける。まあ、こんな模様の作物は食べられるのか初めて見る人にはわからないよなあ。
元いた世界の物と同じであれば、間違いなく美味しいのだけど、百聞は一見にしかず、である。とにかく、食べてみたほうが話は早い。
そう考えた俺は、スイカとメロンを収穫すると、両脇に抱えるようにして店へ戻ることにした。三割の不安と七割の期待を込めながら。
***
「本当は冷やしたほうが美味しいんだけど……」
スイカとメロンについての特徴を説明しながら、キッチンに足を運んだ俺は、早速二つの作物に包丁を入れることにした。
まずはスイカからである。カウンターに身を乗り出したエリーとクローディアが好奇の眼差しでそれを見つめている。
すぱっと入った包丁は、間もなく実を半分に切り分け、半球状へとその姿を変えるのだった。断面の中央は綺麗な赤色をしていて、日本のスイカとなんら変わりはない。
唯一異なるのは種だろう。例の水滴状をした白い種が点々と存在していて、その数は非常に少ない。種が少ない分、食べやすくて助かるんだけど、問題は味だよなあ。
これだけ見事な赤色で、香りもいい。味が悪いとは考えられないんだけど、一応味見はしてみるかと、半球状のスイカをさらに切り分けていく。
そうして手のひらサイズの三角形にまでカットしたスイカを口に運んだのだが、味はといえば、これがいままで食べたことのないぐらいの美味しいスイカだったので、俺は驚きのあまり目を見開いてしまった。
爽やかな香りと甘み。口から溢れるほどの水分、後味が残らないスッキリとした味わい。日本でもこれだけのスイカはなかなかお目にかかれないぞと二口目を頬張ろうとした矢先、頬の辺りに視線が集中していることに気がついた。
エリーとクローディア、そしてラテが不安そうな面持ちで俺がスイカを食べる様子を見ていたのである。
見たことのない作物にもかかわらず、なんのためらいもなく口に運んだのがいけなかったみたいだ。
ラテなんて、
「うわあ、あいつ、赤い色した不気味なものをめちゃくちゃ美味しそうに食べてるよ……」
みたいな感じで、若干挽き気味の眼差しを向けてくるし。いや、美味しいんだって! スイカは美味しいの!
「でも、それ、赤い色してますよ……? 血の色ですよ?」
「中が赤い色をした果物とか聞いたことないで?」
「見た目で判断しないっ。苺もそうだし、木の実だって赤色のものが多いでしょう?」
俺は一口大にスイカをカットし、二人へそれを差し出した。猫もスイカは食べられると聞いたことがあるし問題ないだろうと、小さく切り分けたものをラテにも用意する。
躊躇すること数秒、意を決したようにまずエリーがスイカを口へ運び、一瞬にして瞳を輝かせてから、夢中で二口目にかじりついた。
「お、美味しいっ! 透さん、これすっごく美味しいですっ!」
「でしょう?」
どうやら聖女を毒味役にしていたのか、エリーの声を聞いて安堵の息を漏らしたクローディアがスイカを口に運び、同じように恍惚の声を漏らしてみせる。
「なんや、めっちゃウマイやん! さすが祝福付きの種から育っただけあるなあ」
「にゃー」
すでにラテは切り分けたスイカを食べ終えていて、おかわりを要求するように鳴き声を上げた。気持ちはわかるんだけど、食べ過ぎは身体に悪いから、ちょっと我慢しような?
ともあれ、スイカがこれほど上質なのだ。メロンも期待していいだろうと、今度はメロンを切り分けたのだが、これも実に素晴らしく極上の一品だった。
果肉は黄緑色でマスクメロンに近い。芳醇な香りと強烈な甘みが印象的で、スイカとは異なる味を、エリーやクローディアだけではなくラテも気に入ったようで、三者三様に感動の声を上げるのだった。
「これだけ美味しい作物が一晩で育つなんて……」
「祝福様々やなあ」
「にゃあ、にゃあ!」
まったくもってその通り、燃やしてしまおうとか一瞬でも考えた俺を殴ってやりたい気分だね。
そんなことを考えていると、ふと、なにかに気付いたのか、試食用に切り分けたメロンをまじまじと見やりながらエリーが呟いた。
「以前、透さんが作られたパンあるじゃないですか。メロンパンでしたっけ? あれって、これを使った物なんですか?」
「ああ、違う違う。あれはメロンの模様を真似して作ったパンで、味は特に関係ないんだよ」
「ですよね? あの時の味とは違うから、どうしてかなって思って」
「なんや、そんな形だけ真似したけったいな食べ物があるんかいな」
「酷い言われようだなあ。違うんですよ、雰囲気だけでも味わおうという料理人の努力が生み出した一品といいますか。いろいろあるんですよ、メロンは使っていないけど、メロンソーダっていう飲み物とか」
「なんやねんそれ」
ケタケタと笑い声を立てるクローディアを見ながら、俺ははっとなった。そうだよ、カフェといえばメロンソーダがつきものじゃないか! どうしてその発想にいたらなかったんだ?
……いや、どうしてもなにもこちらの世界には炭酸水がなかったんだった。前の店でレモンスカッシュ作りたかったけど、諦めたのを思い出したよ。
「炭酸水さえあればなあ……」
と、そんな思いがどうにも声に出てしまっていたらしい。女神クローディアは頬張ったメロンを飲み込んでから、何気なく口を開いた。
「炭酸水? あるで?」
「……は?」
「せやから炭酸水やろ? あるで」
自分の耳を疑ってしまったのだが、クローディアははっきりと繰り返した。
「前にキキが案内したところあったやろ? あそこに炭酸泉あるねん。毒は無いから、そのまま飲んでも問題ないで」
聞き終えると同時に空き瓶を抱えた俺は、猛ダッシュで店を飛び出すと、キキに連れて行ってもらった聖域へと駆け出した。
***
それから小一時間。
ぜえぜえと息を切らしながら店に戻ったオレに、エリーが心配そうな顔で駆け寄り、汗を拭うためのタオルを差し出してくれた。
「どうしたんですか、透さん。突然飛び出すから驚きましたよ」
「いや、ゴメン……。つい、いてもたってもいられなくなって。それよりエリー、お願いがるんだけど」
「?」
「この瓶、魔法で冷やしておいてくれない?」
そう言って差し出したのは、炭酸水で満たされた数本のガラス瓶だった。
***
汗を拭き、土と葉っぱで汚れた服を着替えたら、早速調理に取りかかろう。
メロンは一口大に切り分けておく。大きめのふきんを用意したら、切り分けたメロンを包み込み、果汁だけを搾り取るのだ。
スイカも同様に果汁を搾り取っておく。搾り取ったメロンとスイカの果汁を、それぞれ異なるコップへ注ぎ、エリーの魔法によって冷やされた炭酸水で割ったら完成だ!
***
「お待たせしました! メロンソーダとスイカソーダです!」
“本物”を使った渾身の一品を差し出したものの、エリーとクローディアの反応は鈍い。
「本物を真似て作るから、メロンって名前が付いているんじゃないんですか?」
「急に店飛び出したと思ったら、こんなん作るために炭酸汲みに行ったんか。物好きやなあ……」
「ああ、もういいから飲んでみてくださいって! 絶対に美味しいから!」
半ばムリヤリにメロンソーダを勧める俺に、おっかなびっくりといった様子でエリーはコップを口へ近づけた。
「んっ……、しゅわしゅわします……。不思議な感覚」
炭酸水が初めての経験だったのか、やや緊張した表情でメロンソーダを口に含んだエリーは、こくりとそれを飲み込んでから、瞬きを繰り返した。
「しゅわしゅわするけれど、美味しいですね。メロンそのものを食べるよりも、後味がスッキリしているというか」
「スイカソーダも美味いなあ。炭酸が果物に合うなんて知らなかったわあ」
対照的にクローディアは一気にスイカソーダを飲みほすと、大きなゲップをひとつ漏らした。女神の威厳はどこに行った。
「なんやねん。炭酸飲んだんやから仕方ないやろ」
「そりゃそうですけど……」
「でも、とにかくお店のメニューに加えるものができて良かったですねっ」
話題を転じるようにそれとなく呟いて、エリーはこちらを見やった。
「まったくだね。ビックリするような果物ができたけど、結果オーライって感じかな」
「せやなあ。切らさないよう、種はちゃんと取っおいたほうがええやろね」
それはその通りで、一度収穫したっきりというのももったいない話である。できれば今後も継続して収穫するためにも種は大事に取っておかないとな。
とにもかくにも。
新種の作物ということで名前を付けなければと考えた俺は、スイカとメロンが収穫できることから、“スイメロ”と命名することにした。安直すぎるって? こういうのはわかりやすいのがいいんだよ?
あと、これは関係ないけれど、梅酒の炭酸水割りが非情に美味しいというのは、この場では黙っておくことにした。
早いうちにクローディアにバレるかもしれないけれど、まあ、その時はその時ってことで。




