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ファミリアに捧ぐ 83

「それじゃあ、新しいミクロスの住人であり、アタシらの家族になったこの集落の英雄チサトを歓迎して、――乾杯!」

 わっ、とイオリの掲げたカップと共にサノに集まったハンターや住民たちが各々カップを掲げた。長テーブルにはこれでもかと料理が並べられ、酒樽がいくつも置かれている。

「料理も酒もどんどん出すからたくさん食って呑みな! 明日一日くらい復興に手がつけられなくなったって構いやしないさ!」

「それはどうなの」

 チサトは冷静に言ったが、その呟きは賑やかな声に遮られた。チサトの隣に座るミアは豪華な食事を前に目が輝いている。

「チサトもミアもどんどん食べな! この人数じゃあっという間になくなるからね!」

「はは、そうかもね」

「イオリお姉ちゃん、アンバーにもあげていい?」

「あー、どうなんだろう。チサト、魔物に人間の食事与えて平気なの?」

「アンバーは魔物だし、雑食だから平気。普通の生物は駄目だけど」

「ならアンバーの分の皿も出してあげないとね。今持ってくるよ」

「うん。アンバー、今日は美味しいものたくさん食べられるよ」

 ミアがアンバーに話しかけると、既に充満している食事の匂いに腹を空かせているのか、アンバーは落ち着かない様子で体を動かしている。

「カガリの旦那! なんて言ってSランクハンター・ミカゲを落としたんだぁ?」

「いや、だからそういうのを聞くのは野暮ってもんで」

「今日は全部聞き出すまで俺たち全員が相手だからな!」

「勘弁してくださいよ! 疲れてるんだから!」

「アタシら色恋沙汰に飢えてるんだ。聞かないと気になって眠れやしないよ!」

「聞かなくていいって言ってるじゃないですかもう!」

 向かいの席で四方からハンターたちに取り囲まれてるカガリは「酒! 注がないで!」と減った傍から注がれる酒に声を荒げている。それらのやり取りが可笑しくて、チサトは自然と笑みが零れた。

 ――いいなぁ、こういうの。

「ママ、楽しいね」

 ミアがチーズがゴロゴロと入ったパンを口いっぱいに頬張りながらチサトを見上げた。うん、とチサトはミアを愛おしげに撫でた。

 この騒がしさのなか、サノの扉が開き、「おっさんたち邪魔だよ」と何故かもうできあがり席を立ちながら、肩を組むハンターたちを押し退けハルトがやってきた。ハルトはチサトの姿を見つけると歩み寄っていき、「ん」と突然何かをチサトの前に突き出した。

「これ……」

 それは長年使用し続けたことで摩耗し、本来よりも一回りも小さくなったダガーだった。これはあのリュカオン討伐の際、ハルトを助ける為に見張り台を繋ぐ橋の綱を切ろうとチサトが投げ撃ったものだ。

「見つけてくれたの?」

「……アンタの部屋に入ったとき、研いでたから。これだけすげぇ使い込まれてたし、大事なもんなのかと思って」

 チサトはハルトの手からそれを受け取り、「ありがとう」と笑みを見せた。

「これ、アタシが初めて買った最初の一本なの。思い入れあってさ。いつもは自分で探してたんだけど。もう失くしたと思ってたから、凄く嬉しい。よく見てたね」

「Sランクハンターがどんな武器使ってるか興味あんじゃん。だから……」

「だとしてもいい観察眼だね。君、やっぱりハンターに向いてるよ」

「……別に褒められたくて探したわけじゃないし」

「お! ハルトの坊主も来たか! なんだよさっそく点数稼ぎかー!?」

 奥でグラスを掲げるハンターに「うっさいな! そんなんじゃないし!」とハルトは猛然と噛みついた。

「まだ子供なんだから、揶揄っちゃいけないよ」

「子供じゃない!」

「はっはっ! 反論するうちは子供だな!」

「ハルト! こっちこいよ! ミルクで乾杯しよーぜ!」

「しない!」

 まぁまぁと近くのハンターに腕を掴まれ、ハルトは大人たちの間でぎゅうぎゅう詰めにされた。

「うっわ、もう酒くせー」

「酒の良さがわからんガキが見栄張るなって!」

「さぁ乾杯だ! 全員酒持て、酒!」

「いいってだからもう!」

 ハルトはハルトで揉みくちゃにされながら、無理矢理乾杯を迫られていた。

 ふふっ、とチサトはダガーをしまい、堪え切れない笑いを零す。そうだ、こういう日々がずっと恋しかった。大人も子供も入り交じって、男も女も関係なく、その中には大切な人たちの姿もあって、こういう日々を、ずっと恋しく思っていた。

 毎日でなくていい、この日々が少しでも多くやってくる機会があってくれたら、それだけで。

「だから! 勝手に注ぐなって何度言えばわかるんですか! ああ! 言った傍から!」

「あっははっ、おっかしい!」



 ひとしきり盛り上がった場は、夜の見張りを担当するハンター以外はすっかり酔い潰れ、騒ぎ疲れたハルトもテーブルに潰れていた。アンバーも満腹になったからか、仰向けでだらけきって眠っている。

 テーブルの後片付けをしていたチサトに、イオリが「もう戻んな」と声をかけた。

「あとはやっとくよ」

「でも」

「今日はアンタが主役なんだから。本当はそんなことしなくていいんだよ。それより、はい」

 イオリはチサトの前に酒の瓶とグラスが二つ、そして氷が入った器の置かれたトレイを差し出した。

「兄貴とゆっくりしてきなよ。この時間はいつも二人で呑んでたでしょ」

「……ありがと」

「その代わり、明日からは復興頑張ってもらうからね」

「あ、はい」

 チサトはイオリの優しさに甘えることにして、それらを手に部屋へと戻った。廊下を抜けた先、広がった部屋の景色にチサトはしばらく佇んだ。今日からはここが自分の帰る場所だ。ここで、カガリとミアと共に残りの人生を過ごしていくことになる。

 不思議な気持ちだ。もうあの転々とする日々はやってこないのだと思うと。

 あの日々を懐かしいと思う日がいつか来るかもしれない。でもそれは今ではない。今はこの当たり前になるだろう日々を少しずつ噛み締めて生きていきたい。

 カガリはどこにいるだろう。旅の疲れが出て、うとうととし出したミアを運んでいったきり、姿を見せていない。部屋にいるのだろうか。チサトは二階に上がり、自室となる部屋を覗き込んだ。

 ――いた。カガリは開けた窓から外の景色を眺めていた。

「どこ行ったのかと思ったじゃないですか。戻ってこないから」

「あ、すみません」

 チサトはテーブルにトレイを置き、「体冷えちゃいますよ」とカガリの傍に歩み寄る。夜の冷たい風が頬を突き刺した。

「こう見えてもかなり酔ってまして。酔い覚ましも兼ねて、ここからの景色を眺めていたんです」

 カガリが月明かりに薄っすらと映り込む集落の景色を見る。チサトも覗き込むと、そこにあるのは家になる前の資材ばかりだ。防護柵と見張り台、そして煌々と燃える篝火だけが点在している。

「元の姿に戻るのは随分かかるでしょうね」

「……すみません。アタシがもっと早く倒せていたら」

 カガリは強く首を振り、「あなたはここの為に命をかけてくれた。それで十分です」と続けた。

「それに、ここが少しずつ元の姿を取り戻していく未来に想いを馳せるのも、そう悪いもんじゃないと思いますしね」

 そう言ってカガリは微笑むと、窓とカーテンを閉め、チサトが運んできた酒の瓶を掴む。

「あぁ……また度数の高い……」

「あれだけ呑まされてたのに、まだ平気そうですね?」

「勘弁してくださいよ。もう結構ふわふわしてるんですから。全然地に足ついてる感じがしてなくて」

「えー? アタシまだいけますよ?」

 チサトはカガリから酒瓶を奪うと、グラスに氷を入れ、酒を並々と注いでいく。

「ちょっ、多い、多い」

「はい、かんぱーい」

「あ、あぁ……」

 カガリにグラスを握らせたチサトはぐいっと自身のグラスを傾けていく。致し方ない、カガリもグラスに口をつける。

「んー、美味い。よし、覚悟できた」

「ん、覚悟?」

「そう、覚悟」

 何を思ったか、チサトはグラスを置くとズボンのベルトを引き抜き、上に着ていたものを脱ぎ始めた。

「は!? え、ちょっ! 何してるんですか!?」

「これ以上酔って思考がどうにかなる前に、あなたに見てもらおうと思って」

「何を!?」

「アタシの体の傷」

「なんで!?」

「ほら、もしそういう日が来たときにそれが目に入っちゃって、萎えちゃったりしたらなんか申し訳ないですから」

「そんな急に!? ちょっ、待って! 待って!」

 グラスを置いて慌ててカガリは止めに入るも、チサトが最後の一枚に手をかけてしまったのを見て咄嗟に瞼を力の限り閉じた。ベッドの上に服が放り投げられる音がして、そのあまりの生々しさにカガリは肩をビクつかせた。

 静寂が辺りを包む。

 少しずつ、少しずつ、足のほうからなら。

 カガリは恐る恐る瞼を開け、チサトの足の爪先が向こうを向いているとわかると少しだけ安堵した。なるべくゆっくり視線を持ち上げていったカガリは、次第に映り込んだチサトの背中に言葉を失った。

「酷いでしょ。アタシが言った意味わかります?」

 肩越しにチサトが視線を向けた。

 元々は白く、何もなかったであろうその背中には、無数の傷跡が残されていた。その多くはすぐに治療ができなかったからだろう、歪に皮膚が引き攣れてしまっている箇所もある。特に肩から斜めに大きく入っている傷は、魔物に引き裂かれ抉られたのだろうことが痛いほどによくわかった。

 ――ミアが泣くわけだ。

「防具つけててもこれですもん。ほら、関節の繋ぎ目とかは隙間があるから、そこから爪が入り込んだり、攻撃を受けすぎて防具が壊れて防ぎ切れなかったりとかね。この間のお腹の傷はちょっと背中までいっちゃってるかな。この背中のね、肩から斜め下まで入ってるでっかい傷が、アタシが今までで一番死ぬって思ったやつですね。これがもう寝返り打てないくらい痛くて。本当に治るのこれって何度思ったか。あとこの脇の傷はヒュドラの毒で」

 そこまで言って、チサトは口を閉ざした。カガリの腕がチサトの体を抱き締めていた。その力は少しずつ強くなっていって、カガリが涙ぐんでいるのがわかった。

「なんであなたが泣くんですか」

「っ……ちょっと、あなたの苦労が目に染みて……」

「……。本当、あなたって優しい人ですね」

 イオリの、カガリが酔うと行動が大胆になるという言葉をチサトは思い出した。そこにそんな気がないのが全く可笑しい話だが。

「こんな体、そんな気失くしちゃうでしょ」

「いいえ。……いいえ。全てがこれまでのあなたの経験であり、失敗であり、あなたというハンターを生み出すに至った大事な過程であり、あなたの大切な過去であり、あなたを形成する一部です。その全てを愛して差し上げられる自信がありますね」

「はは、饒舌」

「ありがとうございます」

「ん?」

「勇気がいったことだと思います。いくら前向きなあなたでも、私の前にその体を晒すという行為に至るまでは」

「……」

「受け入れるのは難しいですよね。ハンターを選ばなければつかなかった傷ばかりだから。今度教えてください。どの傷がどうついたのか、どんな悔しい思いをしてきたのか。一つ一つ、教えてください。ちゃんと聞きますから」

「……それってつまり、今度アタシとしたいってことですか?」

「ん……? あっ! いや、今のはあれです! 話の流れでなんかそんな感じに聞こえてしまったかもしれないですけど! 思い出話の一つとして教えてくださいって意味で!」

 あまりに慌てふためいて、手を右往左往させるカガリにチサトは盛大に噴き出した。あはは……チサトは笑いすぎて涙が出てきた。涙は溢れて溢れて止まらなかった。

 そんなチサトを見て、カガリは落ち着きを取り戻すともう一度チサトを抱き締めた。

「無理して受け入れる必要はないと思います。その代わり、私があなたの分まで受け入れます。あなたは私の、大切な家族ですから。……さ、服を着てください。呑み直しましょう。いくらでも付き合いますから」

 カガリの優しい声に、チサトは涙を拭いながら頷いた。

 これから少しずつ、二人は本当の意味で家族になっていくのだろう。そこに愛だ恋だのが生まれるかはまた別として、二人なりの、二人の為の、家族の形を作っていくのだ。

 そしてそこにはきっと、絶えない笑顔があるはずだ。

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