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ファミリアに捧ぐ 81

 ミクロスに向かう旅路も最終日。

 今日もミアはチサトから離れたがらず、チサトのアロゴに乗っている。

 ミクロスを何度か離れたことがあるカガリの目にも見慣れた景色が広がり始めた。今いる辺りは飛空艇の上空からも見下ろしたし、何を隠そうイーニスの群れが延々と続いていた場所でもある。

「目立った魔物の遭遇がなかったから、予定より少し早くミクロスに着きそうですね。夜までにはなんとかなりそう」

 チサトは太陽の昇っている空を見上げた。どこか急いでいるように見えたのは、夜が近づけば灯りの乏しいなか、魔物に襲われる危険を伴いながら進まなければならないからだ。

 カガリは現在魔武器を本部に返却してしまった為、武器を持たない。チサトはミアを守りながらの戦闘となる。どれだけ魔物の出現率が低くても安心はできない。

 辺りにらしい姿は見えないが、念には念を。チサトは上空にいるアグニに指笛を吹く。アグニが大きく旋回し、チサトのもとに舞い降りてきた。

「偵察をお願い」

 アグニは一声鳴くと、再び空を駆けてゆく。その姿は瞬く間に遥か彼方に消えていった。

「行きましょう」

 カガリは頷き、二人はアロゴの足を急がせる。



「あの丘を越えた先です」

 陽が少し傾き始めた。急がせた足で見えてきた見晴らしのいい丘にアロゴを進ませる。

 ようやく目的となるミクロスを視界に捉え手綱を引く。遠い景色からでも建設途中の住居の姿が見える。以前はこの場所からでも見張り台と防護柵に囲まれた、人々の暮らしが確かに見えていた。

 今となっては復興の為に一時的に建てられた簡易住居と、倒壊しなかったいくつかの見張り台が見えるばかりだ。目印となるギルドと、あの見慣れない、真新しい深い新緑色の屋根をした木製の建物はまさかサノだろうか。

 以前のサノはレンガ造りの宿で、大きさもギルドと同じほどだった。しかしここから見てもギルドの倍近くの大きさがある。そもそも集落全体が以前よりも広く見えるのは気のせいか。

「リュカオンが暴れて倒れた木の分、ちょっと広くなってますね、ミクロス。特に訓練場辺りなんかは。広くなった分、サノを大きくできる敷地が確保できたのかも」

 チサトも同じことを思っていたらしい。自分の曖昧な記憶とは違って、チサトはよく観察をして結論を導き出している。

 と、そこに偵察に向かわせたアグニが帰ってきた。上空を旋回しながら一声鳴いたアグニにチサトの顔色が変わる。

「手綱を」

 チサトは手綱をカガリに投げると、急ぎアロゴから下り、荷の中からガントレットを取り出し装着した。ネロによって更なる改良が加えられたそれは、以前にも増して軽く丈夫で、しかし威力も一度の攻撃で放てる打撃数も飛躍的に上がっている。

「アグニは何を?」

「人が襲われてる。こっちに向かってるって」

「え」

 その時、ガタガタと何かが大きく揺れる音が迫ってきたかと思うと、フェローの手綱を引く恰幅のいい農夫が悲鳴を上げながら荷車を走らせてきた。

「ニンゲン! クイモノヨコセ!」

「ヨコセ! ヨコセ!」

「これは大事な売り物だ! やれないんだよ!」

 荷車を取り囲むナーノスに叫ぶ農夫の姿にチサトは見覚えがあった。――ミクロスまで荷車で運んでくれた農夫だ。

 古びたつるはしや刃の欠けた短剣を掲げるナーノスたちに「ひー!」と農夫が叫ぶ。護衛の姿は見えない。チサトは即座に行動に移した。

「ウギャッ!」

「ギェッ!」

 それはものの一瞬の出来事だった。群らがるナーノスたちがチサトの拳に打ち飛ばされていく。五匹いたナーノスは全て斜面の下に転がっていった。

「おぉっと……うーん、鈍ってるな」

 チサトは振り下ろした腕の遠心力に体を持っていかれ、思わずよろめいた。農夫がそれを見て「あ、あなたは!」とフェローの足を止める。

「いつぞやの!」

「お久しぶりです。お怪我は?」

「いいえ。おかげさまで」

「いくら魔物に遭遇しにくい場所でも、護衛なしは感心できませんよ」

「いえ、途中までは傭兵が一緒だったんですが、もっと羽振りのいい護衛任務のほうに鞍替えされてしまいまして……」

「あぁ……傭兵の中にはたまにいるんですよね。依頼を途中放棄する輩が。ミクロスには立ち寄らなかったんですか?」

「使徒の襲撃を受けたと聞いて。復興でお忙しそうでしたので立ち寄らなかったんです。ご迷惑になるかと思い」

「ギルドはそういうときでもちゃんと人手の確保はしてますから。途中放棄された依頼書を提示すればその分ちゃんと依頼料もギルドが持ってくれますし、次からは遠慮しないでギルドに相談してください」

「そうします……」

 これらのやり取りを遠くから見ていたカガリがホッと胸を撫で下ろした。

 ナーノス自体の戦闘能力は低く、脅威はさほどではないしろ、人が襲われているところを見るのは見ていて気分がよくない。

「パパ、チサトお姉ちゃんすごいね!」

 ミアはそう言って目を輝かせている。そう言えばミアはチサトがアビリティを使う瞬間を見るのは初めてか。そうだ、チサトは凄いのだと口を開きかけたとき「オイ、ニンゲン」とそれを遮るように足元から声が聞こえてきた。

 ナーノス? いつの間に――!

「クイモノヨコセ!」

 小柄でずんぐりとした体が持っていたひしゃげた棍棒を乱暴に振り回した。それがカガリの乗るアロゴの足に当たり、アロゴが大きく嘶いた。

「っ!」

「パパ!?」

 それがもとで暴れ始めたアロゴが跳ね回り、カガリは咄嗟に手にしていたミアの乗るアロゴの手綱を手放してしまった。

 更にはアンバーがナーノスに激しく威嚇し、追いかけ回し始めたことでますますアロゴの手が付けられなくなり、その暴れる姿に慄いたミアの乗るアロゴが突然走り出してしまった。

「パパッ!」

「ミアッ! ぐっ……! ミア! くそっ! チサトさん!」

 カガリは必死にアロゴの手綱を引き、宥めながら叫んだ。

 一方、農夫と話し込んでいたチサトだったが、「おや、何か来ますな」という農夫の視線の先を見て愕然とした。鬣と尾を靡かせながら、ミアの乗るアロゴが猛進してくる。その奥ではナーノスを追いかけるアンバーと、暴れるアロゴを宥めるカガリの姿があった。

「パパ! パパ!」

 ミアが恐怖に震える声で鞍に必死に掴まっている。走り続けるアロゴの先には斜面に突き出ているいくつかの岩が見えた。――まずい。アロゴがその岩の上を飛び越え、大きく地面に着地した。

「ッ――!」

 その拍子にミアの手が鞍から離れ、体がぐらりと傾く。ミアがやってくるだろう衝撃にぎゅっと瞼を閉じた。が、硬い何かが体を抱き留め、「おっ、とと」という声と共に体に振動を感じた。

 ミアは恐る恐る瞼を開けた。そこには確かに必死の表情をしたチサトの顔があった。チサトの腕はミアの体をしっかりと抱きかかえていたが、やはり体がうまく動かなかったのか尻もちをついてしまっていた。

「目、離してごめんね。もう大丈夫だから」

 しばらく呆然とチサトを見ていたミアだったが、その大きな瞳がじわじわと潤み出すと、チサトに抱き着き「ママ!」と泣きじゃくり出した。チサトは一瞬驚いて、しかしすぐによしよしと背中を叩いてやる。

 カガリのほうを見ると、暴れていたアロゴも大分大人しくなり、アンバーもナーノスを追い払うことに成功したようだ。

 それからミアが泣き止むのを待ち、一旦カガリに預けると、チサトは遠く離れてしまったアロゴを連れ戻してきた。

「いやはや……いろいろと申し訳ない」

「いいんです。むしろアタシのほうが感謝しないといけないくらいなので」

「?」

 今一度護衛となるハンターを雇うことにした農夫と共に、チサトたちは再び残りのミクロスまでの道を行く。ミアは先ほどの出来事もあって、チサトの腕の中から離れたがらなかった。

 日が暮れ始め、ミクロスの周囲にも篝火が灯り出したのが見えた頃、ようやく集落の出入り口に続く道に入った。見慣れた景色に一行は安堵する。

 ミクロスとある看板を横切り、集落の中に入ると見張り台に立っていたハンターがチサトたちに気づいた。

「おーい! カガリさんたち帰ってきたぞー!」

 ハンターの声が高らかに集落中に響き渡った。その声に復興作業をしていたハンターや住民たちが作業の手を止め、集落の出入り口に集まってきた。その中を掻き分け、イオリが真っ先にカガリたちのもとに駆け込んだ。

「おかえり。危なかったね、もうちょっとで夜になるところだったよ」

「本当はもう少し早く着く予定だったんだけどな」

 カガリはアロゴから下りながら、ミアを下ろしているチサトを振り返った。農夫がチサトに近づき、「ありがとうございました」と頭を下げた。

「まずはすぐにギルドに寄ってください。朝一で立ちたいでしょうから」

 と、チサトは農夫がフェローに引かせていた荷車を見る。そこには麻袋に入った麦が積み重なっている。

「そうします。あの、何かお礼を……」

「たまたま通りがかっただけですから。お礼はそのお気持ちだけで十分です。ギルドの閉館時間が近いですからすぐに向かってください」

「最後までお気遣いいただいて……本当にありがとうございました」

 農夫は何度もチサトに頭を下げると、急ぎギルドへと駆け込んでいった。

「おかえり」

 そこにイオリが近づいてきた。ミアが「イオリお姉ちゃんただいま!」と声を上げた。

「ミアもおかえり。うちの兄貴と一緒になって帰ってくるなんてね。アンタなら他にもいい男いたと思うけど。ま、承諾しちゃったもんはしょうがない。歓迎するよ」

「ありがとう。これからお世話になります」

 二人のやり取りを微笑ましく見ていたカガリだったが、突然背中を思い切り叩かれ何事だとなった。

「カガリさん、アンタやるときゃやるな!」

 そう言ってカガリの肩に手を伸ばしてきたのは屈強なハンターだった。

「あのSランクハンターを落としちまうなんて、一体どんな口説き文句言ったんだ?」

 また別のハンターが横からやってきて、カガリは両脇を固められてしまった。それを皮切りに、「これは酔わせて吐かせないとな!」「今日の夜はサノで祝杯だ!」と住民たちも声を上げ始めた。

「いや、今日はもうちょっと疲れてて……」

 カガリは言うが、そんなことは聞こえもしないだろう。

「こりゃあ兄貴、今日はしこたま呑ませられるな」

 ハンターたちに揉みくちゃにされているカガリを見てイオリは肩を震わせた。

「あの人酔ってるとこそんなに見たことないけど、どうなるの?」

「あんまり変わらないよ。いつもよりちょっと饒舌になるのと、行動は大胆になるかな。元が強いんだろうね。あれを潰せたらたいしたもんだよ」

 ふぅん、とチサトはズレた眼鏡を直しているカガリを見た。蛇酒を呑んだ夜も最後までカガリの意識ははっきりとしていた為、ぜひともその酔った姿を一度は目にしてみたいものだ。とは言え自分も強いので、長期戦は覚悟の上だろうが。

「とにかくまずはサノに来なよ。荷物も下ろさないとだし。夕食は今日はアンタの歓迎会の為に豪華にするから楽しみにしてて」

「大丈夫? まだ食料の経路確保とかちゃんと済んでないんじゃない?」

「そこは心配しないで。ギルド本部の手厚い支援で、完全に復興が終わるだろう三年間は食料に困らないから。ミアも、前に比べたらずっと綺麗だから見といで。ミアにはミアの専用の部屋があるからね」

「ミアのお部屋があるの!?」

「そうよ。あの緑の屋根の建物がサノだからね。入ってすぐ右の扉の先が兄貴たちの部屋よ。ほら、早く行っといで」

「うん! アンバー行こ!」

 走り出すミアのあとをアンバーが追いかけていく。と、ミアが突然振り返り、「ママも早く!」と手を振った。チサトが目を細めて頷くので、イオリが「なんかあった?」と尋ねた。

「……ちょっとだけ」

 けれどそのちょっとがどれだけチサトにとって大きかったか、イオリには知る由もない。

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