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ファミリアに捧ぐ 79

 いよいよ中央を出立する日。見送りにはユノ、ネロ、ジゴロクにミアの友人たち、チサトの家族らも来たうえに、チサトが中央を去ることを惜しむ人々で溢れていた。おまけにこれをネタにしたいスティロたち記者までいる始末。

 ――凱旋かよ。

 カガリとチサトは同時に思った。

「ミアちゃん、元気でね!」

「いつかまた来いよ!」

「ボクたちも大きくなったらミアのところ行くから!」

「うん、ミアも大きくなったら絶対また来るね!」

 そんな光景は目にも入っていないだろう、ミアとその友達たちのやりとりが微笑ましい。

「ミカゲさーん、絶対私ミカゲさんに会いにいきますからー!」

「私も!」

「俺たちだって負けてないからな!」

「ボクもいつかぜったいハンターになる!」

 と、次々声を上げていく人々にチサトが手を振ると、わぁっと歓声が上がった。この歓声に驚いたのはチサトの弟・サトルだった。

「姉ちゃん相変わらずすげぇな。Sランク返上してもこれかよ」

「チサトが人気なのはいいことだわ」

 その隣に立っていた母・アカリは少しも気にした様子はなくニコニコと笑顔を浮かべている。「そうかなぁ」とサトルは言いながら辺りを見渡した。

「親父は……相変わらず来てないな」

 この大勢の人々の中に、父・センリの姿は見つけられない。

「いいよ、あの人前にここ出たときも来なかったし」

「気恥ずかしいのよ。娘の見送りはね。チサト、近いうちに遊びに行くわね。復興の手伝いをさせてちょうだい」

 と、アカリはチサトの手を握り締め言った。

「それと、カガリさんと仲良くね。あんないい人他になかなかいないもの」

「ホント、姉ちゃんどんな色仕掛けしたわけ?」

「うっさい。いろいろあったの」

「あ、あの、チサトさん」

 そこに思い切った様子でユノが入ってきた。ユノは何か堪えた様子で「私……私……」と口を開きかけたが、その目が潤むと一気に決壊して涙がボロボロと零れ始めた。

「ユノちゃん」

「ごめんなさいっ、笑顔で見送ろうって、思ってたんですけど……っ」

 ユノが泣くにも理由があった。チサトはSランクハンターの資格を返上したことでAランクハンターに戻った。その結果、ユノがチサトの担当官を外れることになり、ちゃんとした意味で会うことになるのはこれが最後だからだ。

「今世の別れじゃあるまいし」

「わかってますけどっ、でもっ……」

「気が向いたときに映像通話でもしてきてよ。時間ができたときはミクロスに来てくれたらいいしさ」

「……用事がなくても連絡していいんですか?」

「いいよ。アタシとユノちゃんの仲でしょ。ほら、涙拭いて」

 チサトとユノのやりとりが続くなか、一方のカガリはネロとジゴロクとで話し込んでいた。

「本体の試作品は完成しております。現在は目下薬莢の開発が進んでおりますので、テスト結果次第ではすぐにお試しいただけるかと」

「新プロジェクトとの並行なのに仕事が早い」

「当然です。私が指揮を執っておりますので」

 ネロは得意げに眼鏡をかけ直す。レンズが太陽の光に反射し一瞬キラリと輝いた。

「心強いです」

「サポートハンター制度も大詰めに入っとるからな。丁度ネロちゃんの武器開発が終わる頃にお前さんで試運転を開始しよう。武器がないと話にならんからな」

「助かります」

 カガリはジゴロクに頭を下げたが、「あっ」と何かを思い出したようにジゴロクに詰め寄った。

「増員の件、本当に真面目に考えてくださいね! 私とイチカさんだけじゃ手が回らなくなりますから! 本当に! 切実に!」

「わかったわかった。その点もちゃんと考えてある」

「お願いしますよ!」

 強く念押ししていると、服の裾を掴んできたミアにカガリは視線を落とす。

「パパ、お馬さん来たよ」

 と、ミアが街の出入り口を指した。そこにはアロゴという、フェローと同じくスレイプニルを祖に持つ凛々しい顔つきの馬に似た生物が数頭、ギルド職員の手で手綱を引かれていた。主要な荷物は鞍に括り付けられている。

 ――さぁ、これでもうあとはミクロスに帰るだけだ。

 カガリはミアをアロゴの背に乗せ、自身もその後ろに乗り込んだ。隣でチサトもアロゴに跨る。アンバーは人の多さにあてられたか、今にも走り出していきそうな気配だ。

「先の件で脅威となるリュコスが減ったことで、ナーノスの動きが活発化しています。どうか道中お気をつけて」

 ギルド職員が声をかけると、見送りの人々が声を上げ手を振った。スティロたちのカメラのフラッシュが眩く辺りを照らし出す。

「わしとネロちゃんはこっちの仕事に一段落したらミクロスに戻るからな」

「そちらに戻るときに試作品と弾薬を持っていきます」

 と、ジゴロクとネロが駆け足気味に言った。カガリは頷き、チサトを見る。チサトもカガリを見て頷いた。

 二人は同時に手綱を引き、アロゴを外へと歩かせていく。歓声と拍手に見送られながら、最後までミアの友達たちが「またなー!」と出入り口のところまで手を振っていた。

 空からアグニがいつの間にかチサトのあとを追いかけている。次回からのフェニクスとの逢瀬はミクロスになるだろう。あの集落でフェニクスが降り立てられそうな場所は訓練場だけだ。復興の際に以前よりも広めにしてくれるよう打診してみるか。

「ミア、疲れたら無理しないでパパに言うんだぞ」

「うん」

 カガリがミアに言うのをチサトは横目に見た。フェローと違い、アロゴの足だとミクロスまでは三日ほどだ。乗馬経験のないミアには体力を使わせることになる為、途中途中で休憩を挟みながらの移動となる。

「あなたもですよ」

 と、チサトが横からカガリに言った。

「あなたがどれくらい馬に乗ったことあるか知りませんけど、次の宿に着く頃には足腰立たないですからね」

「目を背けていたことに気づかせないでください。もうちょっと怖いんですから」

 カガリは渋い顔をした。その様子を見るからに、乗馬は久しぶりのようだ。チサトは肩を震わせると、遠くなっていく中央の街を振り返った。次にこの街に来るのは一体何年後だろう。

 この数ヶ月という月日で、チサトは帰る場所を得て、家族を得て、大切にしていきたいものを得た。体には生涯消えない新たな傷を作り、Sランクという資格を捨て、ただのハンターとして生きる道を選んだ。得たものも、失うものもあった。だがその選択をしてきたことを、チサトはきっと後悔しないだろう。



 しばらくアロゴに揺られていると、「チサト!」とどこからともなくチサトを呼ぶ声が聞こえてきた。辺りを見渡したチサトは、同じくアロゴに乗るノエの姿を見つけた。

「ノエ? ちょっとごめんなさい」

 チサトはカガリに言うと、急いで自身のアロゴをノエの近くへと向かわせた。

「ノエ、どうしたの?」

「うん。この騒ぎに便乗してアタシも行くことにしたよ」

 そう言ったノエの背中にはどこか真新しさを感じさせるボウガンが装備されている。アロゴにも彼女の野営道具や狩猟道具が積まれていた。

 そして失われた左手には重たげな金属の環が装着されている。

「その腕でやれそう?」

「よくよく考えたらさ、ボウガン使うときに左手って支える役割が主なんだよね。だからボウガンが設置できるようにしてもらったんだ。その分ちょっと重くなるけど、重心が動きづらくなったからいい感じだよ。しかもこれ回転する仕組みでさ、使わないときは腕の向きで固定すれば移動も楽になるんだよ。今の技術って凄いね。そんで矢も自動装填式ときたもんだ。いやぁ、いいねこれ。もっと早く欲しかったよ。そうしたらリュカオン相手にも勝てたかもなぁ」

 後ろ向きな言葉が一切出てこないのがノエらしい。

 チサトが「そっか」と肩を震わせると、ノエはどこか寂しげな表情を浮かべた。

「アンタが先にSランク辞めるなんてね」

「ごめん」

「ううん。お互い歳なのはそうだからね。大切なもんができて、それを守る為に手放すんだ。自分の引き際を見極めるのもハンターの務めだよ」

「ノエはいつまで続けるの?」

「アタシにはまだそういうのはないから、とりあえず続けられるところまで。もし生きてて、アンタのいる集落の近くに行くことがあったら、その時は立ち寄るよ」

「わかった。待ってる」

 ノエは一度だけカガリたちのほうに目を向けると、「大事にね」とチサトに告げた。

「じゃ、達者で」

 手綱を引き、ノエの乗るアロゴがチサトたちの行く道とは別の道を駆けていく。チサトもその背中を見送り、「達者で」と声小さく呟いてカガリとミアのもとへ戻った。

「待たせてごめんなさい」

「いえ。ノエさん、行かれたんですね」

「ええ。いつか近くに来たら立ち寄ってくれるそうです」

「じゃあ、それまでには集落の復興を終えないといけませんね」

「ミアもお手伝いするね!」

 声を上げたミアに「ありがとう」とチサトは微笑んだ。

 今一度振り返った先には、ノエが乗るアロゴの姿が遠くに窺えるばかりだった。

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