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ファミリアに捧ぐ 77

「おはようございます! そしておめでとうございます! わたくしメシィ通信の記者、スティロと申します! この度緊急討伐任務における功労者の一人であるシノノメさんは、同じく使徒討伐の功労者であるSランクハンターのチサト=ミカゲさんとご結婚されたとか! ぜひともそのお話を詳しくお伺いしたく!」

「……は?」

 翌日、朝一で人が尋ねてきたものだからなんだよ朝っぱらからと、カガリはまともに着替えもしないで玄関の扉を開けた。そうして開口一番、通信社の記者だというスティロに突撃取材を食らって実に呆けた声が出てしまった。

「えーっと、どこでその話を……?」

「既に街中がその話題で持ち切りです! 噴水前で告白されたとか! 娘さん公認の仲だとお伺い致しました! 告白にはどのような言葉を!? ファミリアという単語が聞き取れたという証言がありました! ファミリア、古の言葉ですよね! なんとも古風で味のある告白でしょうか! 知り合ったのはいつ頃ですか!? 出会いから詳しく!」

 さあ、さあ、と言わんばかりに詰め寄ってくるスティロの勢いに気圧されそうになり、「き、着替えと朝食を済ませたあとにもう一度来ていただけますか!?」と朝からカガリは声を張り上げることとなった。

「おっと、それは申し訳ありません。では出直してまいります。――あ!」

「っ!?」

 一度は立ち去りかけたスティロは足早にずかずかと戻ってくるとカガリに手にしていたペンを突きつけた。

「私の訪問が最も早かったですよね!?」

「え、あ、えーっと、た、多分? ついさっき起きたばかりなので……」

「よかった。では他の通信社の記者が来ても、絶対に、絶対に! 私の取材が最優先だとお伝えくださいね! よろしいですね!」

「ええぇ……は、はい……」

 カガリが頷くとスティロは満足げに頷き今度こそ去っていく。カガリは呆然と玄関で佇み、何が何やらと扉を閉めた。とりあえず、昨日噴水でチサトに告げた内容が、近くにいた街人に聞かれていたようだということだけは把握した。そしてそれが一夜にして広まり、スティロが押しかけてくる事態となったのだろう。

 やっぱりあんな街中でする話じゃなかったよなぁと、それにしてもそんなに記事のネタになるほどの大事なのかとカガリはすっかり冴えてしまった眠気を恋しく思った。

 仕方ない、少し早いが朝食を作り――コンコンッ、とダイニングに戻ろうとしたカガリの背後で玄関の扉がノックされる。スティロが戻ってきたのだろうか。

「はい、今度はなん、」

「シノノメさん! Sランクハンターのミカゲさんとご結婚されたというのは本当ですか!?」

「既に蜜月の仲だとか!」

「Sランクハンターの中で現在最も人気の高いミカゲさんを射止めたのは何だと思われますか!?」

「ギルド職員とハンターの恋、ぜひともその経緯を教えてください!」

「収入面についてかなりの格差があるかと思われますが、それは障害にはならなかったのでしょうか!」

「やはり命を賭け合った者同士の深い繋がりがあったのでしょうか!」

「どこまで進展はされているのでしょう!? 家族間の挨拶は済ませていますか!?」

「ぜひとも詳しく!」

 イーニスの群れの如く押し寄せてきた記者たちに、カガリは叫んだ。

「と、とりあえず着替えと朝食を済ませて、メシィ通信社の取材に答えたあとに対応させていただきます!」



 驚いた、Sランクハンターの中央における知名度を舐めていた。きっかり着替えと朝食を済ませたあとに出直してきたスティロから話を聞けば、Sランクハンターは中央においては何をネタにしても通信社が潤うほどの人気者なのだそうだ。

 今思い返せば、昨日チサトと街を巡っている間、それまではチサトに声をかけていた街人が、その時に限って誰も声をかけてこなかった。その理由は隣に自分とミアがいたからで、皆その様子を秘かに探っていたのだ。よりによって隣にいたのは授与式の舞台にいたカガリと、その娘であるミア。しかも仲睦まじく街を歩いていればおのずとそういう話題になるというわけだ。

 つまり、知らず知らずのうちにカガリは銅像だけでなく、自身の知名度も上げてしまったのだ。今頃チサトのほうは大丈夫なのだろうか。現在チサトがどの辺りに住んでいるのかは知らないが、押しかけられていたら大変だろうに。

 スティロの取材を終えたあと、外で待機していた数多の記者からの質問攻めに合い、カガリは午前中の時間ほぼ全てをここで消費してしまった。

「大丈夫かよ……こんなんで……」

 カガリは寝室の姿見の前で身支度を整えながら、既に気力疲れを起こしている自身の顔を叩いた。後日祭の昼は家族全員で食事をする予定だったから、そこに乗り込もうというチサトの突飛な提案で、カガリは昨日の今日で早くもチサトの家族に挨拶をすることになった。

 あまりに急すぎてカガリ自身の気持ちがまったく追いつけていないのだが。

「パパー、もうちょっとでお昼になっちゃうよ」

「ああ! 今行く!」

 玄関からミアの声が聞こえ、カガリは急ぎ身支度を終えて寝室を飛び出した。待ちくたびれているミアとアンバーを引き連れ、待ち合わせの約束をしていた噴水広場へと向かう。――うっ、人だかりが。明らかに露店や奏者のほうで集まったわけではない人の群れが、噴水前の銅像近くで出来上がっている。

「もうパパのがある」

 ミアがそう言って銅像を指差した。昨日披露されたカガリ、ノエ、サジの三人の姿を模した銅像が建っている。ギルドの仕事の早さをこんな時にまで出さなくていいのに。カガリは現実から目を背けたくなったが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「ミカゲさん、やっぱりもう中央にはいらっしゃらないんですか?」

「いつかミカゲさんと仕事するのが夢だったのに……」

「くっそー、俺のほうが絶対ミカゲさんを応援してる歴長かったのになぁ」

 群れを成している人々からはそんな声が聞こえてくる。どうしたものか、あの群れの中に単身突っ込んでいく勇気がない。

 カガリがどうにかして隙間を縫えないか探っていると、群がっている人の一人がそれに気づき、「おい、道開けろ!」と声を張り上げた。途端にザッと群れが割れ、銅像前に立っていたチサトの姿が現れた。

 いや、こわっ。

「なんだ、全然来ないから記者に捕まってるのかと思ってた」

 チサトは道を開けてくれた街人に礼を述べながら、カガリのもとまでやってくる。視線が痛い、どんどん突き刺さってくる。

「いや……朝の時間はほぼそれに等しかったと言いますか……」

「でしょうね。アタシも押しかけられたんで」

「あ、やっぱり。大丈夫でした?」

「アタシは慣れてるんで。ミアちゃん、今日もおめかしだ。可愛いね」

 カガリに手を繋がれていたミアにチサトが微笑むと、ミアは「えへへ」と照れ臭そうに笑って「アンバーもだよ」と続けた。昨日に引き続き、ミアは毛皮のジャケットにチェック柄のワンピースを合わせている。アンバーも金の刺繍が施された赤いケープを着ていた。

「本当だ。かっこいいね」

「あの、そろそろ行きませんか。視線が……」

 いつもどおりのチサトに対し、カガリは突き刺さる視線から逃れようと目を伏せる。チサトは人々を見て、そうですねと一言。

「もしアタシに会いたかったら、今度からミクロスに来て。復興の手助けしてくれると助かるな」

 チサトは自分の扱い方をよくわかっている。ひらりと手を振ると、「必ず行きます!」「私今から行く準備しようかな」と早くも話題が切り替わっていた。

「なんと言うか、商売がうまい?」

 カガリが率直に思ったことを言うと、あははっとチサトは声を上げて笑うのだった。



 それから好奇な目に晒されながらもチサトの案内で、いわゆるチサトの実家となる家に辿り着いたカガリは緊張の面持ちで玄関の扉をノックした。中から誰かが駆けてくる足音がしたと思いきや、扉が大きく開いて30半ばの男性が姿を見せた。

「あ、あの、」

 緊張で言葉が詰まったカガリの横からチサトが顔を覗かせ、「ただいま」と手を掲げれば、男性は全てを理解した様子で家の中に振り返った。

「親父! 母さん! 姉ちゃんが例の人連れてきた!」

 どうやら弟らしい人物は家の中を駆けていく。

「よかったですね。話が早く済みそうで」

「……せめて自分の口から言いたかったです」

 人々の噂を通して娘のことを聞く親の心中は心穏やかではないだろう。「ミアちゃんおいで」とチサトがミアとアンバーを連れて中に入っていく後ろを、カガリはなんとも言えない気持ちで続いていった。

 顔合わせはチサトの母、アカリの陽気な明るさに救われた。その性格がそのままチサトに受け継がれたのだろうことがよくわかる。対照的に、父親のセンリは物静かな人だった。話続けていたのは母のほうばかりだ。相槌などで軽く声を聞くくらいで、目立つ会話らしい会話はしなかった。

 弟のサトルのほうはと言えば、子供が好きらしくミアの相手を率先的にこなしてくれた。アンバーのことも受け入れてくれたのがありがたい。後々チサトから、どうやら魔生物のブリーダーを生業にしているらしいと聞いた。どうりでアンバーがすぐに懐いたわけだ。

 初めての顔合わせはとても穏やかに終わった。食事を終え、そろそろと席を立つ。アカリは残念がったが、また来るという娘の言葉に引き下がっていった。

「カガリ君」

「あ、はいっ」

 帰り支度をしていると、カガリの傍にセンリが近づいてきた。

「娘ももういい歳だからわざわざ私が言うほどでもないんだが、娘をよろしく頼む」

 それだけ言ってセンリは離れていった。カガリはそれまでのセンリがほとんど話さなかったこともあり、呆気に取られてしまったが、すぐに我に返るとカガリはその背中に向かって深く礼を返した。

 話さなかったのは自分が言うほどチサトが若くなく、大きな心配事はないだろうと思っていたからか。それもそうだ、チサトは40を越えている。カガリももうすぐ50を迎えようとしている。今更何か親が言うほどの歳ではないだろう。

「ミアちゃん、自分の家だと思ってまた来てね」

「今度アンバーとも一緒に外で遊ぼうな」

「うん!」

 アカリとサトルともすっかり打ち解けているミアはとても楽しそうだった。チサトの言うとおり、何の心配もいらなかった。アカリたちに見送られながら、残りは後日祭を見て回ろうということになり、カガリたちは街に繰り出す。

「とてもいいご家族でしたね」

「そうですかね」

「ミアとアンバーのことも受け入れてくれて。ありがたかったです」

「そこに関しては否定しませんね。うまくやっていけそうですか?」

 顔を覗き込んでくるチサトに、カガリは「ええ」と頷いた。

「パパ、チサトお姉ちゃん、アンバーがあそこ行きたいって」

 先を行くミアが匂いに釣られて歩き出すアンバーから振り返りながら言う。二人は顔を見合わせ微笑むと、あとに続く。

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