ファミリアに捧ぐ 75
献花式の準備が整うとさすがに人も減り、人の死を悼む人々の列が祭壇に設置された慰霊碑にできた。カガリたちもそれに参列し、花を手向けた。
こうして授与式と献花式が終わりを告げると、街はまたお祭り状態に戻っていく。やれやれと疲れた様子でノエが肩を回した。
「やっと引いたか。いつもより早起きしたから眠かったんだ。帰って一回寝よ。アンタ、今後街出歩くとき気をつけな。そこら中で声かけられるよ」
じゃあね、とノエはカガリに後ろ手で手を振り去っていった。そこそこ気疲れを起こしていたカガリはそれを言われ、一旦家に帰りたい気持ちになりかけたが、いけない。このあとはチサトとミアとで街を見て回る約束だ。
カガリも息をつき、ミアに声をかけようとしたが、ミアが何故かすぐにカガリの後ろに隠れた。チサトがこちらに近づいてきていた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です。すぐに行きますか?」
「いや、一旦着替えてきます。さすがに防具フルセットで街は見て回れないんで」
それもそうかとカガリは頷く。チサトの視線が背後に隠れて様子を窺っているミアに落とされる。チサトはミアの傍にしゃがみ込み、「いつもと違う格好だからちょっと怖いかな」と嫌な顔一つせず言った。
「じゃ、行ってきます」
「噴水のところで待ってます」
歩き出したチサトにミアはぐっと唇を噛み締めると、「こ、怖くないよ!」とカガリの後ろに隠れながら声を上げた。チサトが振り返ると、ミアはポーチの紐を握り締めている。
「今日のチサトお姉ちゃん、すっごくキレイだから……だから、怖くないよ!」
ミアは言うとすぐにアンバーの影にしゃがみ込んでしまった。チサトは面食らった様子で、しかしまた笑顔を浮かべると、ミアのもとに戻ってきて小さくなってしまった姿を覗き込む。
「ありがとう。今日のミアちゃんの服もすっごく可愛い。よく似合ってるよ」
チサトはカガリに目配せをして、今度こそ歩いていく。その道中でも高頻度で話しかけられており、戻ってくるにも少し時間がかかりそうだ。
「ミア、噴水のところまで行こう。ここもしばらくしたら片付けが始まるから」
アンバーに抱き着きながらミアが頷く。カガリはミアとアンバーを連れ、いまだ列の途絶えない慰霊碑を横目に噴水のある場所へと向かった。そこにはまだ以前のハンター像が置かれている。まさかこれが、当時の緊急討伐任務で使徒を討伐したハンターのものだとは思うまい。明日からはこれが自分たちの像に変わるのかと思うとカガリは気が遠くなりそうだった。
今更嘆いても仕方ない。チサトが戻ってくるまでの間、カガリは授与式で貰ったものを確認してみた。予め貰うものをチサトに聞いていた為、カガリはコートの内ポケットから折りたたんで忍ばせていた紙袋を広げ、確認を終えたものはそれに突っ込んでいくことにした。
最初に貰った勲章はガラスケースに入っており、アナライズで確認してみれば純金製だった。どうりで小さいくせにやたら重いと思っていた。金額の計算が脳裏に過ぎってしまい、カガリはその邪念を首を振って捨て去った。
報奨金として手渡された金券は、貰ったときには既に金額が見えていて、なるべく現実を受け入れないようにその数字からは目を逸らしていたのだが、改めて見直してみてからカガリは「あー……」と唸り声ともつかない声を上げてしまった。
「どうしたの、パパ」
ミアが不安気にカガリを見上げてくる。いや、とカガリは何でもない風を装いたかったが、無理だった。無理な金額だった。
――働きたくなくなってくるな。
つまりはそれだけの額だった。カガリはそれをそっと紙袋の奥底にしまい込んだ。財布に挟める大きさだったが、開けるたびにこれが視界に入ると変な気を起こしてしまいそうになる。ミアに不思議そうな顔をされたが、カガリはなんとか笑って誤魔化した。
最後に贈呈品の箱が残る。両手でないと持てないほどの大きさだった。しかもずっしりと重い。チサトとノエが渡されていたものとは大きさが違うので、チサトに教えてもらったとおり、こればかりは人それぞれなのだろう。
質感のいい白い箱を開けてみると、中には高品質の革のホルスターと銃の手入れ道具が入っていた。またそれとは別に、純銀製のケースが隣に並んでいた。ケースの中はレンズや鑑定物などを綺麗にする磨き布と言った鑑定キッドだった。
アビリティを使わなくてもわかる。おそらくそのほとんどが手作りの一級品だ。チサトが貰っておいたほうがいいと言っていた理由も頷ける。こんなに高価なもの、いくらギルド職員の給料が他の職に比べて稼ぎがいいと言われていても、手を出すには一晩考える代物ばかりだ。
ありがたいとは思いつつ、これを日常生活で使っていくにはかなり気が引けてしまう。……正直功労金と報奨金を手にしたカガリには最早どれもが手の届かいものではなくなってしまったのだが。
こんなに一度にたくさん貰っても持て余すだけだよなぁと、カガリはそれらを紙袋にしまい、いくらかは孤児院に寄付するかとその使いどころを考え始めた。
「どうでした? 最初で最後かもしれない授与式に参加された感想は」
背後からぬっと顔を覗かせたチサトが不敵な笑みを零した。カガリは驚かなかった。ミアがまたカガリの後ろに隠れてしまったからだ。
「何が記念ですか。あの銅像どうするんですか。私あと一月はここで暮らしていかなくちゃいけないんですよ?」
「アタシもかつてはした経験ですから、あなたにも味わってもらおうと思って」
「そのせいであと何年先まで自分の銅像が置かれることやら……」
カガリはため息を吐くと、勲章等が入った紙袋を掲げる。
「すみません。この高価なものを持ち歩くのはさすがに怖いので、家に置いてきてもいいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。ミア、すぐに戻ってくるから、いい子で待ってるんだぞ」
え、とミアは口を開きかけるも、カガリが駆け足で行ってしまったので引き留めることは叶わなかった。
チサトとミア、そしてアンバーが残され、しばらくの間気まずい空気が流れた。ミアはアンバーの鎖を握り締めながら、恐る恐るといった様子でチサトを見上げる。
「あの、あのね。お出かけのこと、ごめんなさい……」
「ううん。本当のミアちゃんのお願いじゃなかったもんね。なら仕方ない」
ミアは俯くと、「……チサトお姉ちゃん、ケガ、まだ痛い?」と尋ねた。
「まだちょっと痛いかな。これでももう随分と良くなったんだよ。もっと若かったらねー、治るのも早かったんだろうけど。けどミアちゃんが心配するほどじゃないよ。ちゃんと治るのにはもうしばらくかかっちゃうけど」
「そっか……」
ミアは何度かチサトを見ると、袖口から覗く火傷の痕に目を向けた。
「あの、ね? 手に、触ってもいい?」
「手? いいよ」
チサトが手を差し出すと、ミアは怖々その手に触れる。痕の部分だけ、他と手触りが違う。
「ミアがさわってて、痛くない……?」
「それくらいは大丈夫」
ずっとつらそうな表情でミアはチサトの腕を見ている。人の痛みを心から自分の痛みとして受け入れられる子なんだろう。チサトはそんなミアの優しさが嬉しくて仕方がなかった。
「……ハンターさんって、あぶないお仕事だよね」
「そうだね。毎日命懸けだよ。正直、何回か辞めてやるって思った」
「なのにやめなかったの?」
「辞めなかったね。なんでかなぁ。嫌いじゃないからなぁ、ハンターが」
「でも、でも……チサトお姉ちゃん」
「?」
「お待たせしました」
ミアが言いかけたところでカガリが帰ってきた。ミアはそこで言葉を切ってしまい、先を言うことを躊躇うように戻ってきたカガリと掴んだままのチサトの手を引いた。
「あのね、昨日おともだちとまわったときに、パパとチサトお姉ちゃんといっしょに行きたいお店がいっぱいあったんだよ! 行こう!」
歩き出すミアに連れられ、二人は揃って歩き出した。察したカガリが申し訳なさそうにチサトを見る。
「すみません、間が悪かったですね」
「いいえ。時間はありますから」
こうして、ミアに手を引かれながらカガリとチサトの二人はお祭り騒ぎの街を巡り出した。
昨日よりも人に溢れ、露店も増え、楽器は盛大に鳴り響く。祝砲がいまだにどこからか聞こえてくる。楽しそうな人々の声がそこら中に溢れ返る。
二人はミアの興味が向くままにいろんなものを見て、体験し、食べ、買い物をした。とある店では魔生物と触れ合い、また別の店では豪快な炎で焼き上げる肉の塊を見て、アンバーが何故か気に入ったフェローのぬいぐるみを買い、更には鉄板で焼かれる麺の音を聞きながら、子供向けに販売されている刃の付いていない武器の模造品を眺め、宝石のように色とりどりのお菓子が瓶の中にずらりと並ぶ、露店の数々を巡った。
途中、女性向けの装飾品を売る露店を通りがかる。珍しい異国の髪飾りを見つけたミアが気になった様子で眺めている。チサトがそれを見て、「買ってあげようか」と言った。
「でも……」
「ミカゲさん、それくらいなら私が」
カガリが隣で言うが、チサトは首を振り、自分がそうしたいのだと続けた。
「なんでもいいよ。どれがいい?」
チサトに尋ねられ、ミアは髪飾りをもう一度眺めると、「これがいい」と指差した。綺麗な鳥を模した髪飾りだ。チサトはそれを購入し、ミアの髪に留めた。
「はい」
「チサトお姉ちゃんありがとう」
ミアはポーチから取り出した手鏡で自分の髪を留めている髪飾りを嬉しそうに眺めた。
「そんなに気に入ったの?」
「うん。さっきチサトお姉ちゃんがつけてた髪飾りと似てたから」
「そう」
チサトはカガリを見やった。あれはカガリが選んでくれたのだと言ったらミアはどんな顔をするだろう。カガリは静かに首を振り、言わなくていいと意思表示をした。
その後もまたいくつか露店を回ったが、意外にもそれまでチサトに話しかけてきた人々の足がぱたりと途絶えていた。もう少し足止めを食らうものとカガリは身構えていたのだが、思いの外楽しんでしまった。
そうして噴水の近くまで戻ってくる頃にはすっかり日が暮れていた。とても楽しい時間だった。




