ファミリアに捧ぐ 74
翌日、街中の至るところから祝砲の音が聞こえてくる。魔物を呼び込んだりしないだろうなとそれを聞いていたカガリは不安になった。
いつの間に準備されたのか、ギルド前には授与式の舞台が設置され、その近くには昨日まで確かになかったはずの巨大な何かが赤い布に覆われて置かれていた。なんだか凄まじく嫌な予感がするのは何故か。
「人いっぱいだね、パパ」
「ああ」
舞台の袖に設営された控え席ではカガリとミア、アンバーが座っていた。二人と一匹はこの日の為にめかし込んだ。
カガリは銀結晶が散りばめられた黒いロングコートにスリーピースのスーツを着込み、ミアはピンクと白が特徴的なスカートに、上には暖かそうな毛皮のジャケットを着ていた。アンバーには金細工のボタンがいくつかついた黒いケープを着てもらった。なんだかいつもより凛々しく見える。
どれもユノに勧められた店の店員に選んでもらったもので、自分の中ではかなり着飾ったほうだが、カガリはそっと隣を見た。そこにはノエがいたが、ノエはそれ以上に装飾品で着飾っており、華やかさがある。失くした左腕は見えないよう、肩から金の刺繍が施された真紅のケープで覆われていて、それが何より目立つというのもあった。
さて、この授与式の一番の主役と言えるだろう、チサトと言えば――。
「パパ?」
「ん?」
「チサトお姉ちゃんキレイだね」
「……ああ」
ミアに袖を引っ張られながら、カガリは舞台の最も近くの席に座っているチサトに思わず見惚れていた。昨日はそんなに変わるものかと思っていたが、大きく違う。
豪華な装飾品があしらわれた服は煌びやかで、耳には小さく光る金素材のイヤリングが光り、化粧を施したのかより女性らしさが強調されている。
いつも着ているハンター用の軽装ではなく、修繕された、使徒戦のときにも着ていた防具を着用し、胸元にはいくつかの勲章、腕には簡易装備の籠手が付けられている。その籠手にも細かな模様が施されており、それはよく見るとフェニクスのようだった。
昨日自身が選んだ髪飾りがチサトの髪につけられていて、他の品に比べたらどう見ても見劣りする。少し申し訳ない気持ちになった。
しかしなんだかいろいろ彼女らしくない。あれらの全てをチサトがやったとは思えなかった。少し離れた場所でユノが見守っている。何やら誇らしげだ。絶対ユノだ、ユノがチサトを着飾ったに違いない。
と、チサトがこちらに気づいて軽く手を振った。何故かカガリもミアもドキッとなってしまい、ミアに至ってはカガリの後ろに隠れてしまう。
カガリは軽く会釈を返しつつ、ミアをちゃんと座らせた。――なんだよドキッて、年頃の子供じゃあるまいし。気を引き締め直すカガリの隣でノエが「やっちまった……あれのこと忘れてた……最悪だ……」と絶望に満ちた顔をしている。
「あの、大丈夫ですか……?」
カガリは思わず声をかけた。バッとノエがカガリのほうを向く。
「大丈夫なもんか。アンタも今にわかるよ。最悪だ、人生半分終わった……」
「え、そんなに?」
もしかしてあの布をかけられたやつか?
カガリはますます不安に駆られた。
するとどこからか機械音声の金属音が聞こえ、本部長のアウラギが舞台に登壇した。職員が持ってきたマイクを前に、アウラギが声高らかに口を開く。
「これより56回目となる授与式と、此度の戦いにおいて戦死を遂げたハンター・サジ、そして同じく戦死したハンターたちの献花式を執り行う。献花式は授与式のあと、より多くの人がハンターとして生涯を終えた彼らに感謝の意を伝えられるよう、専用の場所を設けて行なう。時間が許す者は皆、彼らのもとに集ってほしい。――では、今回の緊急討伐任務において、功労者たる三名の授与式を行なう。ハンター・ミカゲ、こちらへ」
最初に呼ばれたチサトが席を立ち、登壇していく。チサトの手には勲章と報奨金(この場においては金額の書かれた金券のやりとりとなる)、そして贈呈品が贈られる。
「使徒戦において使徒討伐という最大の貢献を残した彼女からは言葉を賜りたいと思う。ハンター・ミカゲ、前に」
チサトは小さく息をつくと、マイクの前に立った。辺りを見渡すと、大勢のハンターと商人、街人がチサトの言葉を待っていた。遠く離れた場所にはアサギの姿も見える。
「……この場に集まっていただいた皆さんにまず言っておきます。私が今回の使徒を討伐できたのは、ハンター・サジやノエ、そしてその他大勢の犠牲と助けがあってこそです。私一人の力は微々たるものでしょう。この中でいつかハンターになりたいと思う人は、どうかその事を忘れないでください。時に残酷な決断をしなければならないときもあります。その決断ができない者に、Sランクハンターは務まりません。この道は過酷です。それでも目指したいというなら、私たちは喜んであなたたちの礎となります。いつかあなたたちが、そしてあなたの意志を継ぐ誰かが、魔物のいない世界を作ってくれると信じています。長くなりましたが、以上が私が今皆さんにお伝えできる全てです」
深く頭を下げたチサトに人々は盛大な拍手を贈った。チサトが降壇していくと、再びアウラギが舞台に立つ。
「では次に、左腕を失いつつも使徒に果敢に挑み、使徒討伐に大きく貢献したハンター・ノエ、こちらへ」
ノエは緊張の面持ちで舞台へと上がっていく。チサトと同様同じく勲章等を受け取り、盛大な拍手を贈られまた元の場に戻ってくる。
さぁ、いよいよだ。
「そして最後の一人、三人目の功労者である彼は、ハンターではなく、一、ギルドの職員である。しかしながら、彼は自らの居場所と愛する家族、そこに住む人々を守りたい一心でその手に武器を取り、ハンター・ミカゲと共に使徒討伐に大きく貢献した。その功績を私たちは讃えたい。カガリ=シノノメ、こちらへ」
カガリは小さく息を整え、ミアに見送られながら舞台に向かう。
「我々は君の勇気ある決意と行動を評価し、ここに讃えよう。受け取ってくれ」
アウラギから差し出された勲章を、カガリは「賜ります」と小さく告げながら受け取った。そして報奨金と贈呈品を受け取り、大きな拍手を背に舞台を下りた。
「さぁ、これで三名の授与式は終わった。これより新たにこの街のシンボルとなる、功労者たちを讃える像を披露しよう」
――像?
カガリは頭の中が一気にその文字で埋まった。隣でノエが頭を抱えて「あああ……来ちまった……この時が……」と呻いている。
「布を」
アウラギが指示を出すと、舞台の隣に置かれていた何かを覆う布が剥がされた。カガリはギョッとして腰が浮いた。
「わっ、パパだ!」
ミアが驚いて声を上げた。
そこに披露されたのは現在、噴水の近くにも置かれているハンター像と同様の代物だったが、台座に立つ像はボウガンを構えるノエ、大剣を手にしたサジ、そして銃を手にしたカガリだった。
カガリは慌ててチサトを見た。一瞬目が合ったチサトはすぐに口を覆って必死に笑いを堪え出した。チサトの姿があの像の中に並んでいないところを見ると、チサトは前もってアウラギに自身はそこに含めないよう交渉したのだろう。だから反応が面白そうだから言わないと言っていたのか。
――最悪だ、あれが新しく置かれることになるなんて。
大勢の人々がその銅像に拍手と歓声を上げている。この盛り上がりようを見ても、どうやらこれを見たさに集まってきたというのが大きいようだ。
「次の授与式まではこの三名の銅像が新たに我々の象徴となる。なお、ハンター・ミカゲに関しては過去に一度銅像になっていることからも、今回は当人の希望もあり台座に名前を刻むだけに留まっている。今一度、今回の使徒討伐の功労者四名を皆の手で讃えてやってほしい」
アウラギの声と共に街中から盛大な拍手が鳴り響いた。どこからかは口笛が吹き、音楽が流れ、歓声が上がる。
カガリはなんとも複雑な気持ちで椅子に座り込んだ。次回の授与式っていつだ。5年後か? 10年後か? もっと先か? 少なくともすぐではないのは確かだ。
「終わりだ……もう二度とまともに街を出歩けない……」
ノエは相変わらず地獄に落ちたような表情で項垂れてしまっている。ハンターではないカガリはまだあれとして、ノエはSランクハンターとして名が世に知れている。そこにこの銅像となっては街を歩くだけで人が集まってくるだろう。心中察するにあまりある。
カガリもあと一月はこの街に滞在しなければならないのだ、一気に気が重くなった。奥ではチサトがいまだおさまらない笑いを堪えるので必死だった。カガリは恨めしい目をチサトに向ける。――あとで抗議してやる。
「これにて授与式は終了とする。このあとはハンター・サジ、及び戦死したハンターたちへの献花式の準備に入る。時間が許す者は今しばらく待機しておいてほしい」
と、アウラギが続けると、ギルド職員たちが舞台の片付けに入り始めた。ようやく終了か、カガリが席を立つと、ユノがそっと近づいてきた。
「まだこちらに待機していたほうがいいですよ」
「え?」
「今のカガリさんは注目の的なので」
ユノがサッと離れていく。すると「ミカゲさん! 私ミカゲさんに一度はお会いしたかったんです!」とチサトのいるほうから女性の声が聞こえたきた。見るとここに集まっていた人の一人だったのだろう女性がチサトの前にいた。
「こんなにお綺麗な方だったなんて……それで強いなんて、尊敬します!」
「ありがとう。そう言ってもらえると今日の為に着飾ってきたかいがあるかな。普段はこんなんじゃないんだよ。もっと地味だから」
一人が話しかけると、途端に私も僕もとなり、わっと人が群がってきた。
「ノエさん、ハンターはもう辞めちゃうんですか?」
「開発部が新しい武器作ってくれてるんだ。それ次第かなぁ」
「そんな大怪我されてるのにまだハンターを続けようとなさるだなんて……」
「いいんだよ、気にしなくて。それより銅像のほうが精神的にきつい……」
チサトもノエも囲まれることにはすっかり慣れた様子で、見知らぬ相手にも会話に困ることはないようだ。
「ねぇねぇ、おじさんはどんな武器使うの?」
二人の様子を眺めていたカガリのもとに数人の子供たちが駆け込んできた。遠くに見守るアテネの姿が見えた。――そうか、孤児院の。
「ハンドガンだ。魔銃だよ」
「魔銃!? Sランクハンターでも使えないって聞いたことあるやつだ!」
「どんなやつ!? 見せて見せて!」
「今は持ってないんだ。持っているだけで代償があるからね。魔銃の名前はイービルアイ。撃った弾が必ず当たるんだ。だからハンターじゃない私でも使徒と戦えたんだよ」
「すげー! そんな武器があるんだ!」
「だいしょう?ってなに?」
「なんだよお前、そんなことも知らねーの?」
「だって……」
落ち込む子供にカガリは微笑み、「知らなければこれから知ればいいんだ」と穏やかに言った。
「魔武器はね、とても強力な武器なんだ。それこそ非力な私でも使徒に攻撃できるほどにはね。でも、代わりに代償が必要なんだ。自分の何かを犠牲にしてじゃないと魔武器は使えないんだよ。イービルアイの代償は五感だ。使えは使うほど五感を失っていく」
「ごかん?」
「甘いもの食べたときに甘いと感じる味覚、いいにおいだと感じられる嗅覚、こうして今周りの景色が見える視覚といった五つの感覚を五感と言うんだ。イービルアイを使うと、これを失っていくんだ」
「お菓子を食べてもおいしくないってこと?」
「そうだよ」
「そんなのやだなー」
「でもおじさんはその武器使って使徒と戦ったんでしょ?」
「ああ。そんなものを失うことよりも、守りたい大切なものがたくさんあったからね」
「じゃあおじさんやっぱりすごい人だよ! 魔武器に負けなかったんだもん!」
「オレもハンターじゃなくてギルド職員になろうかなぁ」
「職員になったからって魔武器使えるとは限らないだろ?」
賑やかな子供たちに囲まれ、カガリは心の中でそっとアテネに感謝の言葉を述べた。孤児院の子供たちが侘しい思いをしていないだろうかと、頭の片隅でずっと思っていたから。これだけ賑やかならきっと大丈夫だ。
その後の献花式が始まるまでは人が途切れることはなく、カガリは一月分はこの僅かな間に話し込んだ気さえした。顔色一つ変わらないチサトとノエを尊敬すらした。ふと見るとミアが何故かむくれていた。
「ミア?」
「……ミアのパパなのに」
珍しく年相応の子供らしい態度をミアが見せた。人に取り囲まれている父が遠い存在になってしまったように感じたのだろう。カガリは笑って、「もう少しだから」とミアの頭を撫でた。




